近年、注目される機会が増えた「人的資本経営」というキーワード。しかし、まだまだ実践フェーズに到達している企業は多くない。そんな中、先進的な取り組みを実施している企業へのインタビューを通して、人的資本経営の本質に迫る。インタビュアーは人事業務や法制度改正などの研究を行う、Works Human Intelligence総研リサーチ、奈良和正氏。
多様な事業でグローバル展開を成し遂げてきたソニーグループ。厳しい経営状況をへてもなお、躍進を続ける理由を、人材戦略の面から解き明かす。
中編となる今回は、ソニーグループの社内公募制度や経営人材の育成施策についてグループ人事部の岩崎千春氏(組織・人事グループ ゼネラルマネージャー/崎は「たつさき」)と人事部門の山菅裕之氏(技術人事部 統括部長)にインタビュー。インタビュアーは人事業務や法制度改正などの研究を行うWorks Human Intelligence総研リサーチの奈良和正氏が務めた。
同社の「会社と個人を対等と見なす」社風を象徴するような社内公募制度を、58年にわたって継続してこられたのはなぜなのか。多角経営する同社だからこそ編み出した、経営人材の育成方法とは。
奈良: 「個」を軸とするソニーグループの人材理念や人事戦略についてお話しいただきましたが、具体的な人事施策に関する取り組みも伺えればと思います。
ソニーグループと言えば「社内公募」が有名ですよね。早い段階から他社に先んじて取り組まれていますが、どのような経緯で開始されたのでしょうか。
岩崎: 社内公募制度は創業者の一人である盛田昭夫を旗振り役として、1966年から導入した制度です。もう58年続いていますね。
当社の場合は、応募に当たり、基本的に上長の承認は不要です。応募した部署とうまくマッチングしたら、その時点で成立するという仕組みにしております。今では多くの企業で社内公募制度が導入されているかと思うのですが、当社においては、個人の意思を尊重するという組織風土の源泉になっているところが特徴です。
この制度によって、自然と社内で挑戦意欲のある社員が動き続けるという文化が形成されているように感じています。
奈良: 一定のスキルを持った優秀な社員が社内公募に手を挙げる傾向があると予測しているのですが、そうなると業績やビジネスの環境が厳しい事業部ほど人を逃がしたくないという思いが強そうだなと……。
組織の囲い込みと社員の手挙げのミスマッチが起こることもあったかと思うのですが、そのような場合はどのように対応されてきましたか?
岩崎: 囲い込みはきっとどの企業でもあるかと思うのですが、当社もそのフェーズを経験しました。
職場の上司の立場からすると、やはり優秀で期待されている社員を手放したくないという思いはありますよね。
手を挙げて合格したらその部署は社員を見送らなければなりませんが、絶対に出さないといけないとなった時に、現場の上長が人事担当役員のところに駆け込んできて、クレームを言ってきたこともあったと聞いています。「なんでこんな制度を作ったのか」と。
しかし、当社はやはり「個に寄り添う」という意思が強いので、現場の上長を説得してきました。異動させなかったら優秀な人材が他社に出ていくだけですよと。
自分の部署に囲いすぎてしまうと、自部署だけではなく会社全体の損失につながるので、優秀な社員の羽ばたきを支援してもらえるよう理解を促していきました。会社全体の成長に目を向けてもらえるようなコミュニケーションが功を奏したと思っています。
奈良: 「個」を重視するという御社の企業文化と会社の成長に目を向けさせるような現場とのコミュニケーションが成功の秘訣なんですね。他社の方とお話しするとやはり囲い込みは同じようにあるそうで、右往左往してしまうという話もちらほらうかがうのですが。経営陣も一緒に対話するという点もソニーグループならではの部分だと感じました。
奈良: 約60年間続けられている「社内公募制度」についてお話しいただきましたが、ソニーグループは2021年に経営機構改革をされましたよね。それによって新しく始められた取り組みや注力されている施策はございますか?
岩崎: はい、2021年より6つの事業セグメントが連携するグループ体制に移行したこともあり、多様な視点を持つ経営人材の育成に力を入れ、中でも、OFF-JT(職場外教育)を強化しています。
2000年に設立された「ソニーユニバーシティ」の刷新や「ソニークロスメンタリングプログラム」という新たな育成施策も推し進めています。
奈良: 事業の多角化に伴って育成施策も見直されたということですね。「ソニーユニバーシティ」の概要を教えていただけますか。
岩崎: 将来の経営をリードする人材を育成するソニーユニバーシティを2000年より実施し、個の成長をグループ全体の成長へとつなげる施策を実施してきました。短期というよりかは長期的な視点で経営人材を育成するイメージの施策です。
現在は国内と海外で部長、課長、リーダー層に対し、合計6コースを用意しています。毎年エンターテインメント事業を含む多様な人材が参加しており、CEOの吉田も卒業生です。
奈良: ソニーユニバーシティはサクセッションプランを拡大させたようなイメージのお取り組みだと解釈しているのですが、2000年の創立以来、変化してきた点はございますか?
岩崎: 一番は参加者の構成だと思います。設立当初はエレクトロニクス系の会社からの参加が多かったのですが、ここ3〜4年は事業セグメントが変化したこともあり、ゲームやアニメなどのエンターテインメント系の社員や金融系の社員なども参加していますね。
奈良: 参加者の構成が変化すると、企画や運用により多くの時間を割くことになりますよね。
岩崎: そうですね。ここ3年でプログラムを増やしたこともあり、コースの企画詰めに時間をかけていますね。
全6コースを国内海外で実施、なおかつ役員も牽(けん)引役としてアサインされ、経営陣が責任をもってこのコースを見守る形で進行していきます。プログラムの並走と企画への協力をいただくので大変な部分もあります。
例えば「Executive Dialogue」など、エンターテインメント事業を詳しく知らない社員でも役員の話を聞くことで「こういう世界もあるんだ」という学びが生まれており、役員にもコミットメントをしてもらっています。この取り組みをさらに進化させていきたいと考えています。
奈良: シナジーも創出できる施策になっているのですね。そういえば「ソニーユニバーシティ」に加えて、2021年に「ソニークロスメンタリングプログラム」も始められていますよね。こちらはどういったお取り組みでしょうか。
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