HR Design +

社員のSNS投稿どこまで禁止できる? 懲戒対象の線引きを知る

» 2024年09月27日 08時30分 公開
[佐藤敦規ITmedia]

 SNSで誰でも簡単に勤務先の情報を発信できるようになった昨今、さまざまな問題が発生しています。従来、その会社で働いている人しか知り得なかった、評価基準やボーナス額、制度などの情報がSNSにあふれています。

 それに伴い、機密情報が漏れたり会社の評判を落としたりするリスクが増えました。企業は、従業員のSNSの投稿をどこまで規制できるのでしょうか? SNS投稿に関する裁判なども踏まえながら解説します。

社員のSNSはどこまで禁止できるのか?(画像:ゲッティイメージズより)

私的行為を罰するのは禁止されている

 従業員が勤務時間外にSNSに投稿するのは、私的行為に当たります。私的行為とは、労働法関係で使われる言葉で業務とは関係のない行為を指します。例えば、昼休み時間中に怪我をした場合は、業務ではないため、労災とはなりません。

 私的行為に対する懲戒処分は、客観的合理的な理由を欠き、社会通念相当であると認められない場合、無効となるのが原則です。

 しかし、根拠のない中傷をして企業の社会的評価の低下につながったと認められた場合は、懲戒の対象と認められます。

懲戒の対象となる投稿内容と判断が難しい内容

 したがって、従業員がSNSで下記のような内容を投稿していた場合は、懲戒処分を下すことができます。

  • 顧客の個人情報や名誉を棄損する内容を投稿していた
  • 企業の機密情報を漏洩(ろうえい)した
  • 根拠もなくブラック企業と決めつけて企業の信用や名誉を棄損した

 ただし業務に関連しない投稿は、企業内の秩序や社会的評価に悪影響を与える可能性が高いと言えないため、懲戒処分の対象とはなる可能性は低いでしょう。

 とはいえ業務に関連しなくても、SNSで誹謗中傷に当たる投稿を繰り返す行為を放置しますと、そのような社員を雇用している使用者の信頼が低下します。使用者の信用低下の影響が深刻な場合には、懲戒処分の対象となり得るでしょう。

 なお使用者が懲戒処分を行うためには、あらかじめ、就業規則において懲戒の種別および事由を定めておく必要があります。その裁判例として挙げられるのが、フジ興産事件(H15.10.10最二小判)です。

 労働者は「上司に反抗的な態度を取った」として、就業規則の懲戒条項に基づき懲戒解雇されました。しかし「上司に反抗的な態度を取った場合には懲戒に処する」との内容が就業規則に盛り込まれたのが本件解雇の直前であったことと、従業員に対する周知が不十分だったとして、懲戒処分は無効になりました。

 また従業員のSNSへの不適切な投稿により、会社が損害を被った場合、会社は従業員に対し債務不履行(民法415条1項)や不法行為(民法709条)に基づいて、損害賠償請求をすることができます。

 懲戒処分と異なり、こうした場合は就業規則などにその旨の記載がなくても可能ですが、予防線として就業規則やSNS規定などに次のような記載を入れたほうがよいでしょう。

従業員の本規定の定めに違反する行為に会社が損害を被った場合、従業員は全部または一部を賠償しなければならない。

匿名の投稿の場合は、個人を特定できるか?

 ただし実名より匿名でSNSに投稿する人の方が多いため、特定が難しい面もあります。

 SNSの投稿内容を理由にした懲戒について争われた裁判例が、学校法人札幌国際大学事件(札幌地裁 令5.2.16判決)です。大学教授がTwitter(現X)に内部情報漏洩・誹謗中傷行為に当たる投稿をしていたことを理由に懲戒解雇された事象が争点となりました。

 裁判所は、問題とされた投稿が大学教授本人の投稿であると特定することが困難という理由から、解雇処分を無効としました。この判決のポイントとしては、アカウント名が仮名だったことに加え、投稿内容も婉曲・抽象的で一般的な読者が普通に投稿を目にしただけでは大学教授本人による投稿だと判断できないこと、そして投稿内容も世間で周知されているもので誹謗中傷に当たらないという2点が挙げられます。

 匿名による投稿の場合は、本人に問いただして認めれば解決するのですが、本人も懲戒処分になると分かっているので否定するケースもあるでしょう。その際、企業側は、SNS事業者やインターネットプロバイダーに対して投稿者を開示する法的手続きを取ることになります。

 その前に前述したような懲戒に該当するものなのかを、あらためて確認したほうがよいでしょう。投稿がすでに世間に周知されている内容であれば、誹謗中傷に該当しないこともあるからです。

「会社の宣伝になる」投稿でも、問題になることも

 SNSの利用で留意しなければならないのは、会社にとってマイナスな投稿だけでなく、社員が会社のためになると考えて投稿した内容でも問題となる点です。

 2023年10月11日から景品表示法により、ステルスマーケティング(ステマ)が禁止されました。ステマは、消費者に特定の商品やサービスについて、宣伝と気付かれないように商品を宣伝したり、商品に関するクチコミを発信したりする行為です。自社の製品が競合する他社の製品よりも優れているという投稿や、正当な理由もなく競合他社のサービスや製品をおとしめる投稿もステマと判断されるケースがあります。

 さらに「SNSへの投稿は任意で、社員に強制はしていない」という場合でも例外ではありません。ステマを行ったと判明した場合、企業が積み上げてきた信用が一瞬で崩れてしまいます。

 何気ない投稿や、会社のために良かれと思って投稿した内容が懲戒処分の対象になってしまう可能性も否定できません。善意から生まれた行動がネガティブな結果を生まないためにも、就業規則(SNS規定)に禁止事項を加筆するだけでなく、専門家からSNSの利用について学ぶなど、従業員に対するSNS教育を徹底することが必要です。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.