11月5日、日本取引所グループは東京証券取引所における株式の取引時間を従来の午後3時までから午後3時30分までに延長した。
この変更は市場の活性化と国際競争力の向上を目的としている。従来は東京市場が終わると同時に欧州市場が開場されていたが、ロンドン市場の初動が東京市場の終わりと重なることになる。市場価格の折り込みをより正確にする狙いがあるようだ。
また、この延長により、欧州やアジアをはじめとした世界の機関投資家も日本市場にアクセスしやすくなるとされる。近年は円安の追い風もあり、東京市場における海外投資家の影響力が一層増しており、彼らの業務時間帯に被せる形で市場流動性の向上を見込んでいる模様だ。
本稿の執筆時点で延長から3日目となるが、市場ではさまざまな反応が見られる。現時点では特段延長しただけの取引高増が見込めなかった銘柄もあれば、午後3時からの30分間に取引量が急増している銘柄もある。
しかし、その取引量の増加は「意図せぬ」ものであった可能性が高い。
今回の取引時間延長がもたらした最も大きな変化は、決算発表や重要な情報が取引時間中に公開されるケースが増えたことだ。
日本の化学品メーカーである、KHネオケム(東京都中央区)もそのような企業の一つだ。
同社は11月5日の午後3時に第3四半期決算を発表した。増収増益の決算だったが、取引終了まで30分しかないタイミングで決算が発表されたこともあり、同社の株価は一気に4%ほど下落。一転して、翌日は急速に株価を戻した。
11月7日の本稿執筆時点では急落前よりも高い株価で推移しており、取引終了間近での決算発表が株価の乱高下を発生させた可能性がある。
取引時間中に決算を発表することを「場中決算」という。この場中決算が嫌われる理由は、投資家や市場参加者が情報を十分に分析する時間を確保できない点にある。
決算発表の内容が市場の期待に沿わない場合、その数値の根拠を精査する前に売買注文が殺到し、株価が急騰または急落する可能性が高まる。この乱高下は、投資家が冷静な判断を下す余裕を失わせる。
特に、大量の情報が短時間で開示される決算発表では、内容を正確に理解し、業績の背景を評価するための時間が必要だ。しかし、場中での発表ではこれが十分に行われないため、市場は一時的な感情に基づく取引に陥りやすい。また、企業にとっても、急激な株価変動がブランドや信用に悪影響を及ぼすリスクがある。
そのため、多くの上場企業は通常、取引終了後の発表を好む。これにより、投資家は一晩かけて情報を分析し、翌日の取引で冷静な対応が可能となる。一方、今回の取引時間延長による場中決算は、企業側の情報開示戦略にも見直しを迫ることになる。
こうした事例は、たった30分の延長という小さな時間変更が市場に与えるインパクトの大きさを示しているといえるだろう。
この新たな市場環境に適応するため、上場企業には以下の対策が求められる。まず、決算発表のタイミングを慎重に見直す必要がある。従来午後3時に決算を発表する企業の場合、取引時間中に市場が即座に反応することを念頭に置き、取引終了と同時に決算を発表するという手が考えられる。
一方で、例えば緊急性の高い内容などが含まれる決算内容について、当日の取引が終了する前の発表が望ましい場合は、取引終了までの時間を十分に確保する必要がある。例えば、午前の取引が終了する際の発表であれば、昼休み中に決算内容を把握させ、市場への影響をある程度抑えられる可能性がある。
今回の取引時間延長を企業価値向上に結び付けるためには、市場の期待値を把握し、それに応じた情報開示を行う戦略的なIR活動が求められる。特に、一定の時価総額を有する大手企業などは、決算発表後には迅速にアナリスト向けのブリーフィングや説明会を開催し、市場の誤解や不安を早期に解消する努力も必要になるだろう。
取引高の増加はサプライズ的な場中決算によるもので、東証の意図とは少し方向性が異なっている点に注意したい。決算発表が取引時間内に行われ、これが株価急変動を引き起こす場面が増えているが、実際の取引終了後に行われるべきだった取引が延長された30分間に集中するだけであり、仮に延長がなかったとしても翌営業日の取引開始時における需要を先食いしているだけではないかという批判もある。
つまり、取引時間延長がもたらす取引高の増加は、一時的な決算などによるものが大きい。時間の延長それ自体が、本質的な市場活性化には現状つながっていないのではないかという見方も強い。
しかし、企業側にとっては重要な変更である。今後も、決算の開示タイミングを誤るなどして無用な株価の乱高下が発生するリスクがあるため、上場企業は取引制度の変化に対し、柔軟な対応を講じることが求められる。これにより、企業は市場との信頼関係を強化し、長期的な成長を実現するための基盤を築くことができるだろう。
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら
農林中金が「外国債券を“今”損切りする」理由 1.5兆円の巨額赤字を抱えてまで、なぜ?
ブックオフ、まさかの「V字回復」 本はどんどん売れなくなっているのに、なぜ?
孫正義氏の「人生の汚点」 WeWorkに100億ドル投資の「判断ミス」はなぜ起きたか
“時代の寵児”から転落──ワークマンとスノーピークは、なぜ今になって絶不調なのかCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング