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苦情が「半減」 NEXCO東日本のコールセンター、どのように「利用者の声」を聞いている?テクノロジーを味方に

» 2024年12月17日 08時30分 公開
[熊谷紗希ITmedia]

 「当社のコールセンターに足りないものをあぶり出したところ、お客さまには高いレベルで対応できていることが分かりました。90%近い応答率の高さと、外部機関による格付け調査で10年連続3つ星取得の実績があります。一方でDXとCXへの対応は全然進んでいないと実感しました」

 2021年4月にNEXCO東日本のお客さまセンター長に就任した竹川郁子氏は、このように就任当時を振り返った。

【訂正:2024年12月17日午前10時28分 初出で「NEXCO東日本のコールセンター(ETCマイレージプラザ事務局)のお客さまセンター長」と記載しておりましたが、誤りがあったため「NEXCO東日本のお客さまセンター長」に訂正いたします。】

NEXCO東日本のコールセンターには1日約1000件の問い合わせが寄せられる(画像:NEXCO東日本提供)

 当センターには1日約1000件の問い合わせが寄せられる。年間では30万件超だ。主な内容は、交通渋滞の情報やETC通過時のエラーに加え、各種の意見や苦情など多岐にわたる。高速道路と同様に、コールセンターも24時間365日有人で運営する。

 当時の状況を踏まえ、竹川氏はDXによるCX向上の施策として「チャネルの多様化」「オペレーターの在宅勤務」「VOC活用」の3つを掲げた。

 コミュニケーションツールの多様化に伴い、2023年に問い合わせ手段として新たにチャットを導入。オペレーターの在宅勤務については、柔軟な働き方に対応するほか、コールセンターのBCP対策も兼ねる。

 VOC活用は利用者の声を経営に生かす取り組みで、同センターでは問い合わせの内容をCRMで管理していた。しかし、大まかな分類しかできず、具体的な内容はそれぞれ人が議事録を読んで確認する必要があった。そのため、1日1000件ほどの声は分析も活用にも至らない状態となってしまっていた。

 VOC活用の対象となったのは、ドラ割「2022東北観光フリーパス」だ。対象エリア内の高速道路が定額で乗り降り自由になる割引商品なのだが、問い合わせの数も多く、対応時間も他の問い合わせが2分30秒ほどなのに対し10〜15分かかることもあったという。

2022東北観光フリーパス(画像:[ドラ割]東北観光フリーパス公式Webサイトより)

 「ドラ割は、普段使わないサービスということもあり、『じゃあここはどうなのか?』と、違う質問に移ることも多かったです。また、旅行の前の問い合わせをいただくので、そこから旅行プランの相談などに派生してどんどん話が広がっていってしまうこともしばしばありました」(竹川氏)

 利用者の御用聞き的な立場にもなってしまっていたようだ。利用者の困りごとの共通項が分かれば無駄な問い合わせも減らせると考え、実行に移した。

ドラ割に対する意見や苦情が「半減」 どうやって改善したのか?

 当時、CRMに利用者の声を記録してはいたものの、大中小の大きなくくりでしか管理していなかった。利用者からドラ割について問い合わせがあった場合、大項目が「割引制度」、中項目が「ドラ割」、小項目が「利用方法」などと選択する仕様になっており、ドラ割の利用方法の何について困っている人が多いのか、どこが分かりにくいのかといった具体を一覧で算出するなどは難しかった。

 「テクノロジーマイニングを使えば効率的にお客さまがドラ割に対して抱いている疑問や課題が見つかるのではないかと考え、NTTネクシアさんに支援を依頼しました。2022年7月に入った、『2022東北観光フリーパス』に関する約1000件の問い合わせの議事録を提供し、分析結果をレポートにしていただきました」

 これまで大まかにしか分からなかった問い合わせ内容を50以上に区分できるようになり、分析の質が向上した。

テキストマイニングの結果。対象データは、2022年7月1〜31日「2022 東北観光フリーパス」に関する問合せ・ご意見・苦情など1014件(画像:ネクスコ東日本プレスリリースより)

 「やはりお客さまがお電話をくださるのは利用前が圧倒的に多いことが分かりました。他には、そもそも『ドラ割がどういうものなのか教えてください』という問い合わせが非常に多かったです。公式Webサイトで商品の紹介をしているつもりだったのですが、分かりにくい面があることに気付かされました」

 利用者の課題や問い合わせのタイミングなどは肌感覚として持っていたが、明確に可視化できたことは大きな一歩だった。

 問い合わせの内容としては「『利用規約にチェック』とあるが、そのチェックボックスがどこにあるか分からない」といった基本的なものから、「乗り放題の判例として、高速道路の出入口を示した図面があるが、その中に記載されているマークの意味が分からない」といった意外なものまで多岐にわたった。

 「これらの届いたお客さまの困りごとを、ドラ割部門の担当者がしらみつぶし的に(Webサイトなどに)反映させました。そして2023年に同じ商品を販売したところ、ドラ割に関するご意見・苦情が半減しました。もちろん問い合わせは一定数ありますが、『分かりづらくてだまされた』『間違えて申し込んだ』といったようなクレームが減りました」

音声認識ソリューション

 2024年8月からは新たなDXとして、音声認識ソリューションを導入。竹川氏がセンター長就任時に目標として掲げた3つのDXを昨年までに完了させたため、次の挑戦として取り組み始めた。すでに成果も出てきている。

 「お客さまからいただく問い合わせに応じた特定のキーワードを音声認識ソリューションに打ち込むと、マニュアルが自動表示されます。『少々お待ちください』と保留を押してマニュアルを検索する手間が省けて、お客さまの問いに即答できるようになりました」

 電話応対時の保留割合を減少させ、オペレーターの業務効率にもつながった。これ以上に手ごたえを感じているのが、新人オペレーターの定着率の改善だという。

 「当センターはIVR(※)を導入しておりませんので、電話を取った時点ではお客さまの問い合わせ内容は分かりません。何を聞かれるか分からない状態でも電話にでなければらない。問い合わせの内容も道路工事から乗り放題プランまで多岐にわたるため、勉強したり覚えたりすることが非常に多いです。結果、『こんなに難しいなら無理です』と辞める方が非常に多かったです」

※Interactive Voice Response(自動音声応答システム)。あらかじめ入力された情報に基づいて顧客の電話対応を行うシステム。また問い合わせた利用者自身が音声に従いプッシュ番号を押すと担当オペレーターにつながるシステムを指す。

 特にコロナ禍以降、労働力人口の減少に伴い、求職者側が仕事を選びやすくなった。コールセンターのような個別対応が求められる仕事はハードルが高いと感じ退職を選ぶ人も少なくなかったようだ。自動音声ソリューションにより回答内容が表示されることで、問い合わせ対応に対する精神的なハードルが下がったことが分かる。

NEXCO東日本には道路工事から乗り放題プランまでさまざまな問い合わせが届く(画像:NEXCO東日本提供)

 竹川氏は次の挑戦にも目を向けている。生成AIだ。2024年9月、導入しているチャットボットでの生成AI活用を開始した。

 利用者は自身の疑問に合致する選択肢をチャットボットが提示する中から選んでいく。最終的にチャットボットが利用者の問い合わせに応じた回答を表示するわけだが、そこでの会話カードの適切さを生成AIが見抜きアドバイスするという仕組みだ。

 「コミュニケーションにおける過不足を指摘してもらうイメージです。その他、フリーワード入力にも対応しています。お客さまが求めている情報に一番近しい回答を用意されたものの中から自動で返信するのですが、『もっとこういう情報を盛り込んだ方がいい』といったフィードバックを生成AIからもらっています」

 生成AIのアドバイスを踏まえて改善に向けて動いている案件もあるという。

 「お客さまからチャットボットに『乗り放題プランを申し込んだが、申し込み完了メールが届かない』という問い合わせがあったのですが、チャットボットは『メールが届かない理由』に焦点を当てて返信していました。お客さまが知りたいのはメールの有無ではなく、申し込みが完了しているのかどうかなので、その点の改善を生成AIから提案されました。実際に直す話になっています」

 消費者は日々の生活において享受するサービスが「スムーズで快適なこと」に慣れている。コールセンターでの保留やチャットボットの少しズレた回答をストレスに感じる人もいるだろう。コールセンターはDXや生成AIで大きく業務や働き方が変わる現場の一つだ。テクノロジーを武器にどんどんシナジーを生み出していってほしい。

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