入江氏は、チェンジマネジメントのキックオフを行う前に、“GoLive”(システム稼働)までのプロジェクトの逆算を行う。早い段階で準備プロジェクトを立ち上げないと、人も資金も回してもらえないことがあり、全てが後手後手になってしまうからだ。
「まずは経営層にチェンジマネジメントを理解してもらいます。経営会議レベルの会議で話をさせてもらい、理解を得る。そうすると、強力な発信者となってくれます」(入江氏)
その後は小分けのチームを編成し、それぞれのメンバー同士で膝を突き合わせたコミュニケーションの場を設ける。
「合宿や飲み会、忘年会、もしくはもっと小さく“お菓子を食べる会”などいろいろな方法を取ります。主催者側も変革に必要なことを考えるので、現場でもそれぞれ何ができるか考えて話し合いましょう、というような会にしています」(入江氏)
「この人たちになら任せられる」「この人たちを鼓舞する存在になりたい」という意識をそれぞれが抱くようになり、その意識を周囲に伝える“伝道者”としての役割も担うようになるのだ。
経営層に、強力な発信者になってもらう──このことの重要性を、入江氏があらためて確認した機会があったという。イタリアにある荏原製作所のグループ企業Ebara Pumps Europe S.p.A.(以下、EPE)での出来事だ。
全世界のグループ企業の中でも最初期にERP導入が決まったものの、いきなり「あなたたちに決まりました」と通知するだけでは、理解は得られない。「ここから始まる変革を、全世界のグループ企業にも広げていくリーダーの役割を担う」という意識を、社員に培ってもらう必要があった。
そこで入江氏が取った手法が、チーム全体に強い影響力を持つ人物に発信をしてもらうことで、意識変革へのマインドセットを醸成するというものだ。
「彼は11年間もの長い間、現地で社長を務め、現地メンバーからの信頼も厚かった。当時は既にイタリアを離れていましたが、ちょうど説明をしたい時期にイタリアにいるとのことで『それなら3時間ください』とお願いし、発信してもらったんです」(入江氏)
元現地社長から「なぜあなた方が海外でERP導入の“最初のパイロット”として選ばれたのか」と話してもらった。鼓舞されたメンバーたちは立ち上がって話を聞いたという。
これにより、ERP導入前であるにもかかわらず、変革が必要な理由と目指すべきゴールの認識を共有し、自社の変革だけでなく、変革のためのグローバルリーダーとしての役割を果たすのだという前向きな空気がEPEに流れた。
「会社のために、仲間のために、自分のためになぜ変えないといけないのか。そして変えていくために逆算して何ができるのかを、現場の一人一人にまで浸透させていく必要があります。そのために、経営層のようなトップの発信と、現場に近い中間マネジャー層から変革のメリットを発信してもらう。それにより、現場の一人一人が“自分ゴト化”するようになり、変革の成功確率はぐんと高くなります」(入江氏)
2022年に始まった荏原製作所のグローバルレベルでのERP導入の進捗率は40%と、まだまだ道半ばだ。とはいえ、大規模な拠点ではほぼ導入が終わっており、残るグループ会社はほとんどが小規模なものだ。蓄積、共有された知見もあるため、「目標としている2026年までには完了する」と入江氏は見ている。
これほど大規模な企業ではないとしても、深刻化する人材不足という課題に対し、DXを推し進めたい、チェンジマネジメントで取り組みたいが、トップをどのように説得すれば良いのか分からないと考える人もいることだろう。
入江氏は、そうした状況でもADKARモデルを活用できると言う。
「経営層に、変革がどれほど大切なのかを知ってもらい“YES”と言いたくなるような気持ちにさせるのが大切です」(入江氏)
その際のプレゼン資料に盛り込みたいのは、現状の課題、変革案、変革により会社や従業員がどのようなベネフィットを得られるのか、変革で必要なコストや人的コストをベネフィットが上回るということなどだ。
「必要であれば、他社の事例を挙げて、自社ではこれだけのプラスになると伝えても良いでしょう。変革が必要だということを経営層も理解しているけれど、マイナス面にばかり目が行ってしまい、GOサインを出せないでいる。でも、事実をベースに、改革がプラスになるということを伝えることで、そんな彼らの背中を押す手助けをできるかもしれません」(入江氏)
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