日本企業の3種の神器である終身雇用や年功序列は崩壊した、あるいは崩壊しつつあるといわれることが多い。
最近ではそうした体制の残る企業をJTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)と揶揄(やゆ)することもある。
しかし本当にそうだろうか。確かに40〜50代をターゲットにした「希望退職」という名のリストラも頻繁に行われているし、長期雇用の会社を嫌い、転職を繰り返しながらスキルを磨くキャリア志向の若者も増えているといわれる。
もちろん電機産業などの製造業には終身雇用を捨て去った企業も少ないが、トヨタ自動車のように今も長期雇用を標榜している会社もある。スキルを持たない学生を長期にわたって育成し、能力を発揮して会社に貢献してもらう終身雇用はいまだに健在だ。
例えば、究極の終身雇用とも呼ぶべき会社もある。東証プライム上場企業の丸一鋼管は9月、全従業員に1人当たり平均で約870万円の自社株式を付与した。同社の平均年間給与の700万円弱を上回る破格の金額だ。
株式で報酬を支払う会社は珍しくないが、同社の場合、付与した株式は60歳の定年までは原則売却できない譲渡制限付きとしている。つまり定年まで勤め上げないと恩恵を受けられず、社員を長期に囲い込む典型的な終身雇用企業ということになる。
同社の鈴木博之会長兼CEOは、株式付与の目的を「従業員には会社の今や将来に、より関心を持ってもらいたい」と語っている(参照:日本経済新聞「全社員株式付与の丸一鋼管 鈴木会長『人材あっての成長』」2024年12月8日朝刊)。長期雇用を前提とする企業は同社だけではない。特に今はどこの企業も人材不足感が高まっている。
東証スタンダード市場の機械設備会社の人事担当役員は「当社は社員に長く勤めてもらうことを前提に採用しているが、近年は中途採用も増やしている。これまで数社の転職を経て30代で入ってきた人もいるが、当社を最後に定年の65歳まで長く活躍してほしいと考え、将来の生活設計を含めた処遇の向上に努めている」と語る。同社に限らず、入社した人材を長期に囲い込もうとする傾向が今後も強まる可能性がある。
終身雇用と並ぶ年功序列の昇進・賃金はどうだろうか。昇進に関しては昔に比べて年上部下・年下上司が珍しい光景ではなくなったが、その背景にはポスト不足も影響している。
以前は課長代理、課長、次長、部長という職階があり、管理職でも部下を持っていない「名ばかり管理職」がいた。しかし、現在は大幅に職階を削減し、部下を持つラインの課長と部長だけという大手企業も多い。同期でも課長になれるのは3〜4割、部長は2〜3割といわれ、当然ながら年下上司・年上部下が増えることになる。
さらに管理職の早期抜擢を行う企業も増えているが、年齢としては昔とそれほど変わらない。労務行政研究所の調査(「等級制度と昇格・昇進、降格の最新実態」2022年6月)によると、「想定される課長クラスの登用年齢(平均)」は最短が35.5歳、標準が41.8歳となっている。実は同研究所の2010年の調査でも最短は33.9歳、標準が39.4歳だった。昇進年齢は10年以上前とほとんど変わっていないことが分かる。
また、5年前(2017年)と比較した課長への昇格(昇進)のスピードの変化を聞いているが、「変わらない」が73.1%と、ほとんどの企業に変化がない。昇進年齢が早まっていないということは年功的昇進がいまだに続いていることを意味するのではないか。
では年功序列賃金はどうだろうか。下記の年齢階級別の賃金カーブを見ていただきたい。
20〜24歳を100とした場合の年齢別の所定内給与額の変化を見ると、1995年の男性の40〜54歳の給与は、2023年は大幅に落ち込んでいることが分かる。
例えば1995年の45〜49歳の給与は206.2だったが、2023年は173.1にまで低下している。確かに年齢別の賃金カーブは緩やかに低下してきているが、25歳以降の世代も含めて全体的に給与が低下傾向にあり、中でも中高年世代の落ち込みが顕著だ。
年功賃金が是正されつつあるといえるかもしれないが、一方で企業がこの30年近くの間に全体の給与を抑制してきたという見方もできる。
ではこのまま推移すると年功賃金がなくなるのだろうか。実は、そもそも「年功序列型賃金」という賃金制度自体が存在しない。
単純に年功序列賃金といえば、誰も等しく年齢を重ねるごとに給与が上がる年齢給1本を想像するが、そんな企業は極めて少ない。多くの企業は、例えば話題の「ジョブ型賃金」のようにそれぞれ異なる賃金制度を導入している。
リクルートの「企業の給与制度に関する調査2024」(2024年11月18日)では企業がどのような賃金制度を導入しているかを調べている。それによると正社員の基本給の構成要素のうち、一番比率が高いのは「職能給」で、管理職の48.0%、非管理職でも41.3%を占めている。話題のジョブ型賃金である「職務給」は管理職12.8%、非管理職14.1%だった。ちなみに年功序列賃金である「年齢給」は管理職3.6%、非管理職5.6%とわずかにすぎない。
政府は転職を促進するために「職務給」の導入を推奨している。個人に対して時代が求めるスキルを修得するリスキリング(学び直し)を支援し、企業に対しては求めるスキルを明確にした職務給の導入を促し、学んだスキルと企業が求める職務をマッチングさせることで転職を促進し、賃金を上げていくというのが政府の「三位一体の労働市場改革」の狙いだ。
職務給は欧米の主流の賃金制度だが、給与は担当する職務(ポスト)ごとに決まる「仕事基準」であり、職務が変わらない限り、賃金も固定されて変わらない。賃金を増やすには、自ら高いポストに必要なスキル修得が求められる仕組みだ。職務給に対して、日本の企業の導入比率が最も高い「職能給」は逆に人に仕事を当てはめる「人基準」といわれる。
人が有する「職務遂行能力」を等級ごとに定義し、等級の能力要件を満たしているかで賃金が決まる。スキルを持たない新人を長期に育成する以上、身に付けた能力を基本に毎年上がる定期昇給と職能給によって給与が積み上がっていく。
本来、職能給は能力要件をクリアしないと昇給しないが、保有能力を客観的に測る指標がなく、仕事の経験年数を重視するようになる。当然ながら身に付けた能力はよほどの事情がない限り落ちることがないために「降格」が発生しない。その結果、年功的賃金に近い形にならざるを得ず、この傾向を指して一般に「年功賃金」と呼ばれることもあった。
職能給は1970年代後半に日本企業に導入されるようになり、80年代から90年初頭にかけて日本企業の主流の賃金制度になっていく。もちろん現実には企業の制度ごとにさまざまなバリエーションがある。例えば、職能給の企業でも、目標達成度に応じて賞与額が増減する「成果主義」を取り入れている企業もあれば、基本給である職能給とは別に「役職給」を入れている企業もある。
ただ言えることは、一般的に年功賃金と称される「職能給」がいまだに企業の賃金制度の主流になっていることを考えると、年功序列が崩壊した、崩壊しつつあるとはいえないはずだ。
ただ、職能給以外に前述したように職務給を導入している企業もあれば、職務給に近い「役割給」や「成果給」を導入している企業もある。興味深いのは前述の調査で「給与制度運用の課題」について聞いているが、「年功的な運用から脱却できてない」が最も多かった(24.6%)。日本企業はいまだに年功序列的な世界から抜け切れていないのである。
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