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定年後の再雇用、賃金50%減の「妥当性」は? ”異例の判断”が下った判例から考える労働市場の今とミライ(1/2 ページ)

» 2024年01月10日 08時30分 公開
[溝上憲文ITmedia]

 60歳の定年後、有期労働契約の再雇用として働く人の「賃金制度の見直し」が急務となっている。

 理由は2つある。1つは、定年前に比べて給与が減った場合に支給される「高年齢雇用継続給付金」が2025年からの縮小が決まっていること。もう1つは、60代前半に受け取っていた年金(特別支給の老齢厚生年金)が、男性の場合は1961年4月2日以降に生まれた人から廃止され、2025年度までに終了することだ。

 再雇用社員の賃金は、60歳前の5〜7割下がるのが一般的だ。パーソル総合研究所の調査によると、定年後再雇用者の約9割が定年前より年収が下がり、全体平均で44.3%も下がっている。さらに50%程度下がった人は22.5%、従来の半額以下になった人は27.6%であり、約5割が定年前の年収の半分以下になっている。

パーソル総合研究所の調査によると、再雇用社員の賃金は平均で44.3%も下がっている(画像:パーソル総合研究所「シニア人材の就業実態や就業意識」より)

 実際に、60代前半(60歳以上64歳以下)のフルタイム労働者の平均年収は374.7万円だ。「300万〜400万円未満」が32.3%、次いで「400万〜500万円未満」が20.4%だが、「200万〜300万円未満」が16.5%も存在する。

60代前半のフルタイム勤務・継続雇用者の平均的な年収の分布(画像:労働政策研究・研修機構「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」より)

 しかもこの中には、前述した公的給付の特別支給の老齢厚生年金と高年齢者雇用継続給付も含まれている。それが廃止・縮小されると年収はさらに下がることになる。年収が下がると、社員のモチベーションが低下し、生産性にも影響を与える。賃金制度の再設計が必要になるが、どういう点に注意すべきなのか。

 本稿では、人事界隈に衝撃を走らせた、定年後再雇用者の基本給などの処遇をめぐる裁判「名古屋自動車学校事件」の最高裁判決を基に、賃金制度の再設計時に気を付けるべき点を考えてみたい。

賃金再設定に”異例”の判断基準 「名古屋自動車学校事件」に学ぶ

 今年7月20日に行われた「名古屋自動車学校事件」は、定年退職後の社員の賃金設計を考える上で、大きな示唆を与える裁判となった。

 先述したように、再雇用者の給与は下げられるのが一般的だ。しかし、いわゆる同一労働同一賃金を規定した「労働契約法旧20条」(現パートタイム・有期雇用労働法8条)は、正規と非正規の不合理な労働条件の相違を禁じている。

 この裁判では、再雇用者の賃金水準はどこまで許容されるのかが注目を集めていた。最高裁は、原審の名古屋高等裁判所が判決を下す根拠となった「労働契約法旧20条」の解釈について「解釈適用を誤った違法行為がある」と指摘。名古屋高裁で再び審理を行えという差し戻しを命じた。

 判決に拍子抜けした人事・総務担当者も多かったと思われる。名古屋自動車学校事件とは、仕事の内容は変わらないのに基本給や賞与を定年退職時の4割程度に大幅に削減するのは「不合理な待遇差」に当たるとし、会社に差額の支払いを求めた訴訟だ。

 一審の名古屋地裁は「定年退職時の正職員としての基本給及び賞与の額を大きく下回り、正職員の基本給に勤続年数に応じて増加する年功的性格があることから金額が抑制される傾向にある勤続短期正職員の基本給及び賞与の額をも下回っている」とし、「このような帰結は、労使自治が反映された結果ではなく、労働者の生活保障の観点からも看過し難い」と指摘。

 その上で「定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分や賞与は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる」と結論付けた。会社に計約625万円を支払うよう命じ、二審の名古屋高裁の判決もそれを支持していた。

 つまり、高裁までは定年後再雇用社員の賃金を引き下げる場合、6割以上はセーフ、6割以下はアウトという判断基準を示しているようにみえた。ところが、最高裁はこの判断を覆した。最高裁は何と言っているのか。

 労契法旧20条は職務内容、配置の変更範囲、その他の事情を考慮して不合理かどうかを判断する。最高裁はまず、「判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである」(以上、判決分)という原則を示した。

 その上で原審の事実関係に言及し、「原審は、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない」と断じている。

 基本給の性質と支給の目的を検討していないことが差し戻しの大きな理由である。つまり、外形的な事情や金額の多寡で判断するのではなく、基本給の性質と支給の目的を詳しく分析して判断すべきという主張だ。

 実は、少なくとも最高裁はこれまで、基本給の具体的な判断基準について明確に示してこなかった。つまり、今回が初めてとなる。しかも、勤続給の側面だけではなく、ジョブ型の性格を持つ職務給や職能給の性質を有している余地があるとし、それを具体的に確定して判断しなさいと言っている。

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