もう1つの画期的な点は、同じ定年後再雇用の「長澤運輸事件」の最高裁判決(平成30年6月1日判決)とは異なる判断をしたことだ。定年後再雇用は長期雇用を通常予定せず、老齢厚生年金の受給も予定されているという事情は労契法20条の「その他の事情」の考慮要素になるとした。
加えて、基本給、職務給、能率給部分については、その設定に配慮し、正社員の合計額との差を2〜12%にとどめ、公的年金の報酬比例部分の支給開始まで労使交渉で2万円の調整給が支給されていること、賞与を含む賃金全体2割程度の相違は不合理ではないとされた判決だ。
つまり、長澤運輸事件判決は、他の正規と非正規との不合理な格差と違い、定年後再雇用であることが考慮事項になりうるとし、賞与を含めた年収ベースでも2割程度の相違であれば不合理ではないと判断した。
その後も下級審で3割、4割の相違も不合理ではないという判断が続いてきた。しかし今回の判決は、同じ定年後再雇用でも基本給の性質・目的を具体的に確定した上で判断しなさいと言っており、これまでとは違う新しい判断基準を示したことになる。
定年後再雇用であることを特別扱いせず、原審の判決のように、定年前と同じ仕事をしているのに賃金を何割も下げたという量的・概括的な比較をするのではなく、あくまで賃金の性質や目的に照らして判断するべきだとの主張だ。
では、この判決は定年後再雇用者の賃金のあり方にどのような影響を与えるのか。今後は基本給や賞与の性質や目的を明確にした上で、制度設計や支給額を考えなければいけないということになる。
つまり、性質や目的を明確にするということは、再雇用社員が理解、納得できる賃金制度にしなければならない。単に定年前の給与の6割や5割にするだけでは、その相違が不合理でないことを社員に合理的に説明することは難しくなる。
どのような基準で賃金を支払うのか、会社の説明責任や透明性を高める努力をする必要がある。逆に社員が納得できなければ訴訟に持ち込まれる可能性もある。労働法の専門家は「今後は賃金の性質・目的を明確化し、労使で話し合って納得性の高い制度設計をしていかないと、裁判所で不合理だという判断が下される可能性もある」と指摘する。
企業によっては、バス運転手やトラックドライバーのように定年後再雇用でも現役世代と同じ職務を担ってもらわないと立ち行かない企業も多い。あらためて自社の賃金制度を点検し、もし曖昧(あいまい)な要素があるとすれば制度を早急に見直す必要がある。
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