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ドンキの「ダンジョンみたいな店内」が持つ効果 簡単にまねできない、コト消費体験グッドパッチとUXの話をしようか

» 2024年12月27日 08時30分 公開

連載:グッドパッチとUXの話をしようか

「あの商品はどうして人気?」「あのブームはなぜ起きた?」その裏側にはユーザーの心を掴む仕掛けがある──。この連載では、アプリやサービスのユーザー体験(UX)を考える専門家、グッドパッチのUXデザイナーが今話題のサービスやプロダクトをUXの視点で解説。マーケティングにも生きる、UXの心得をお届けします。

 物価高による個人消費の停滞や人手不足、コスト上昇に加え、ECの盛り上がりと、小売店に対する向かい風は昨今ますます強まっていると言われています。

 ここ数年で「百貨店ゼロ県」が複数出てくるなど、その影響は店舗数にも如実に表れています。多くの人で賑(にぎ)わっている印象のショッピングモールですら、実はコロナ禍前の2019年の時点で減少に転じているのです。

 そんな世の中でたくましく、独自の道をひた走り、小売業界4位にまで大躍進している企業があります。その名はパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(以下、PPIH)。「ドン・キホーテ」いわゆる「ドンキ」の運営会社です。

ドン・キホーテが逆風の小売業の中で大躍進を遂げている(画像:ゲッティイメージズより)

 皆さま、ドンキを訪問したご経験は? ひょっとしたら「若い人たちが集まるお店でしょ」「われわれには縁がない」と思う人もいるかもしれません。しかし、もはやドンキは若者だけの支持では到達できない域に達しているのです。

 業界全体が逆境の中、なぜドンキは躍進しているのか。今回は、その魅力に「ダンジョン型の体験」という切り口で迫ります。そこには「ごちゃごちゃした店だから面白いんでしょ」なんて簡単な話ではない、企業としてのすごみが隠されているようです。

ドンキの「コト消費」 他の小売店が到達できていない異質な体験

 運営会社であるPPIHのコーポレートサイトを訪れると、このような言葉が載っています。

 「必要な物を、必要な時に買う」だけでなく、買い物自体を楽しむ「時間消費型店舗」のビジネスモデルを築き上げてきました

 「時間消費」、これはいわゆる「モノからコトへ」「体験価値」といった文脈で語られがちな考え方です。しかしこのような概念自体は、昔から存在しています。

 例えば、昭和から平成初期にかけては「お休みの日に、家族で百貨店に出かける」というイベントは一般的なものでした(『サザエさん』を想像してみてください)。「新しい服を買う」などモノの目的もあったはずですが、「ハレの時間を家族で楽しむ」といったコトの目的、つまり時間消費の側面も強かったわけです。

 時代は移り、今、多くの百貨店やショッピングセンターで起きているのは「目玉となるテナントの誘致」です。人気ブランドの店舗やポケモンセンターだったり、図書館や公園やホテルだったり。「来店の目的となる場所」を作って「ついでに寄る」工夫をしているようです。

多くの百貨店やショッピングセンターは「ついで寄り」の工夫をしている(画像:ゲッティイメージズより)

 目線を変えると、もはや「行くこと」自体は時間消費の対象になりづらくなったからこその打ち手であるとも言えるでしょう。そう考えると、同じ小売店カテゴリーの中でも、存在自体が時間消費の対象になるドンキは、やはり異質と言えます。

 では、多くの小売店が苦戦する中、なぜドンキはそうあれるのか。まさに「ダンジョン型の体験」こそがポイントであると考えられます。

ダンジョン×日用品という「ついつい買い」の生まれやすい構図

 そもそも「ダンジョン」とは何でしょうか。

 言葉をそのまま訳すと「地下牢」なのですが、ゲームの文脈だと「迷宮」という意味になります。また「複雑で入り組んだ場所」という意味では、大阪梅田の地下街や渋谷駅構内などもダンジョンと呼ばれます。

 では、小売店におけるダンジョンとは何か? まずは、碁盤の目のように整然としていない、複雑に入り組んだレイアウトであることは第一の構成要素と言えるでしょう。それはまるで密林に入っていくかのごとく、「目的の売り場に向かって最短距離」ではなく「店内をウロウロ歩き回る体験」を生みやすいのが特徴です。

東京・八重洲地下街にオープンした「お菓子ドンキ・お酒ドンキ」の店内。商品がひしめき合う(画像:PPIH プレスリリースより)

 人には「自分が努力した分の成果や見返りを求める」という習性があり、それは「サンクコスト効果」など心理的効果の一つとして示されているものです。店内をウロウロ歩きまわる体験は「せっかくだから何か買って帰ろう」「もっと見て回ろう」という気持ちにつながっていると考えられます。

 つまり、人はタダでは歩き回らない。そのような体験を作り上げた時点で、時間消費的には「勝ち」とすら言えそうです。

 この考え方をもう少し深めるにあたり、Stephen Wendel『行動を変えるデザイン』(オライリージャパン)という書籍で紹介されている「CREATEアクションファネル」を紹介します。それは「行動に取り掛かるには、その前に5つの前提条件が全て同時に整っていなければならない」というものです。

CREATEアクションファネル(画像:筆者作成)

 これを買い物に当てはめると、ダンジョン型の体験だからこその優位性が見えてきます。

CREATEアクションファネルに買い物体験を当てはめると……(画像:筆者作成)

 まず、そもそもが「何かいいものはあるかな?」とウロウロしているので、CueやReactionの機会が豊富にあります。これは「特定の商品を買うために来た」という体験では生まれにくいものです。

 ドンキの場合、売っている商品の多くは日用品です。自身の暮らしで使えるイメージを持てるからこそ「買ってみようか」「試してみようか」となります。これはEvaluationやAbilityに関連するものです。そして「せっかくだから買って帰ろう」という気持ちはTimingを後押しします。

 ダンジョン型の体験は、このように「ついつい買い」を生みやすい構図なのです。歩き回るからこそ発見がある。だからこそ買って満足して、良い印象を持つ。それは次への期待となる……。このようなサイクルが生まれているのではないでしょうか。

ダンジョン型体験が生むサイクル(画像:筆者作成)

 ここでドンキとは異なる例として、別の小売店におけるダンジョン型体験をご紹介します。それは2024年にリニューアルした「IKEA渋谷」です。都心のビルという1フロア当たりの面積が限られている中、「エスカレーターを昇り、さらに上の階に行くにはグルッと逆側に回り込む」というやり方で、IKEAらしい「順路通り歩く」スタイルに変わりました。

 それにより、すぐに上の階に行くことはできず、強制的にフロアを歩くことになる。何なら上層階に行って帰ろうとしても、エレベーターを使わない限りすぐにストンと下に降りることもできません。

 ある意味で面倒な体験ですが、「歩き回る」からこそ生まれる「幸せなついつい買い」が起きやすくなったことは確かでしょう。順路だろうと、密林だろうと、歩き回るという意味では、どちらも等しくダンジョンと言える存在です。

IKEA渋谷も順路通り歩くスタイルに変更(画像:イケア・ジャパン プレスリリースより)

ドンキだからこその「視覚的なダンジョン」が惹きつける興味

 では、歩き回るような体験があり、かつ日用品であれば何でもいいのか。もちろんそんなわけはありません。モノや情報が溢(あふ)れる時代に生きる現代人が思わず「おっ!」「なになに?」と興味を持つのは、そう簡単なことではありません。

 時間消費を掲げるドンキは、その課題に対して「情報の量と質」で向き合っています。POPや提灯やネオン。棚だけでなく頭上のスペースも余すことなく有効活用し、階段にすら商品を並べる過剰さには、圧倒されます。

 それはまさに「視覚的なダンジョン」。ドンキにおけるダンジョンとは、フロアのレイアウトだけの話ではないのです。

 そのこだわりは、独自のPBブランド「情熱価格」のパッケージにも表れています。例えば、筆者のお気に入りでもある「素煎りミックスナッツDX」のパッケージには、以下のコピーがこれ見よがしに載っています。

素煎りミックスナッツDX(画像:ドン・キホーテ公式Webサイトより)

 「年間売上10億円突破。ナッツを愛しすぎた担当者が独断と偏見で決めたアーモンド・カシューナッツ・くるみの黄金の究極比率。食塩・油を使わないこだわり」

 一般的な商品のパッケージには、その商品の特徴を表す文章が「端的」に載っているもの。「独断と偏見」なメッセージはまず出てこないでしょうし、「黄金」かつ「究極比率」って何やねん……と、ツッコミを入れたくなります。

 活字離れと言われて久しいこのご時世、商品パッケージにたくさんの文字を載せても、なかなか読まれないものです。長い文章なんてなおさら。

 でも、ここにドンキの強さ、つまり「培ってきたブランド」があります。ドンキを訪れる人の多くは「なんか面白いものはないかな」と期待し、先述のサイクルを何周も何周もした結果、足を運んでいるのでしょう。

 だからこそ、一般的なコピーではなく「面白さ」を全面に伝えてくれる「やたらと情緒的で情報量が多いパッケージ」が、ドンキにとっては最適解。過剰なほどで良い……むしろ、それが良いのです。

 売り場で興味を持ってもらうことは難しい。しかし、このような戦い方に持ち込めている時点で、やはり「ドンキは強い」と言わざるを得ません。

 この土台になっているのは、店舗ビジョンとして掲げている「CV+D+A」。CVはコンビニエンス、Dはディスカウント、そしてAはアミューズメント。企業の理念レベルの話としてアミューズメントを掲げている小売店なのです。そんな長年の染みついた文化があるからこそ、ダンジョンは熟成され、そして日々変わりながら持続しているのでしょう。

ダンジョンは、ダンジョンを育む組織があってこそ

 CV+D+Aもそうですが、ドンキを展開するPPIHでは、店舗のレイアウト、商品ラインアップ、発注数、POPに至るまで、それらの決定は現場に委ねられているといいます。本部による一括対応ではないからこそ、それぞれの店に個性が出る。まるで組織自体がダンジョンを育むために設計されているようにすら思えます。

 もちろん、「じゃあみんな、自由に考えて!」だけで成り立つほど甘くありません。そこにドンキの秀逸さがあります。

 例えばドンキには、値付けに関するAIがあり、それに従うも自身の勘に従うも自由なのだそうです。自由な創造性を守り、育むためにも仕組みが必要。そんな組織と従業員の関係性は「サービスデザイン」の姿といえます。客(ユーザー)の体験、組織の体験、そしてビジネス成長が相反しないよう、うまく循環するような仕組みになっているのです。

 そんな奇跡的なバランスは、なかなか成り立つものではありません。仕組みもそうですが、やはり根付いている文化や風土がそうさせている側面も強そうです。

ダンジョンは1日にしてならず

 時代は移り変わり、コロナ禍を経て人々の意識も大きく変わりました。ECに頼る生活様式はとどまることを知らず、同時に「外に出かけたい」「偶然の出会いを楽しみたい」といったニーズも浮き彫りになっています。

 苦戦が伝えられがちの小売店ですが、その可能性はまだまだあるのです。現に、独自路線で、ユーザーの潜在的なニーズをしっかり捉えて突き進んで成長しているドンキのような小売店があるのは、「希望の星」と言えるのかもしれません。

 もちろん、それは組織・文化レベルでの徹底的なこだわりがあり、企業運営の至るところで筋が通っているからこその実績です。一朝一夕にその境地にたどり着くことは難しいものの、学ぶポイントは多々あるはずです。

 「タイパ」だけがトレンドじゃない。あえて”ダンジョン化”させることで得られる体験もあるものだ……こんな前提を持って、商品やサービス開発に勤しんでみるのも、この時代ならではのヒットを生み出すきっかけになるのかもしれません。

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