「あの商品はどうして人気?」「あのブームはなぜ起きた?」その裏側にはユーザーの心を掴む仕掛けがある──。この連載では、アプリやサービスのユーザー体験(UX)を考える専門家、グッドパッチのUXデザイナーが今話題のサービスやプロダクトをUXの視点で解説。マーケティングにも生きる、UXの心得をお届けします。
本屋さんが減っている──これは今の日本においては紛れもない事実で、この20年で半減しました。今やネットで本を買うのは一般的になり、紙ではなくタブレットやスマートフォンで書籍を読むという方もいるでしょう。
では、書店が衰退するばかりかというと、そうとも言えません。相変わらずターミナル駅の近くやショッピングセンターには必ずと言っていいほど本屋がありますし、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が運営する「蔦屋書店」「TSUTAYA BOOKSTORE」、無印良品の店舗内に展開されている「MUJI BOOKS」をはじめ、大手の事業者が新たに戦略的に展開しているケースも見受けられます。
また、YouTubeで人気を博す「有隣堂」も、文具・雑貨売場やイベントスペースも兼ねたカフェを併設した書店を展開するなど、「進化」した書店も広がり始めています。
さて、今回ご紹介するのは「進化系」とも言える一風変わった本屋について。皆さんは「入場料を取る本屋」「深夜にしか空いていない本屋」「ほぼ毎日イベントが開かれている本屋」、そして「本を読むためだけのブックカフェ」をご存じでしょうか。
従来の本屋「らしくない」とはいえ、本が好きな人たちを引き付けてやまない魅力を備えるこうした業態は、苦戦が続く書店の光明になるのか。いくつかの事例を紹介しながら、ペルソナと体験という側面で、進化系書店の人気の理由を考えてみたいと思います。
まずは「入場料を取る本屋」を紹介しながら、一風変わった本屋の魅力を考えることから始めましょう。「本と出会うための本屋」をコンセプトとした、六本木をはじめ全国に3店舗を構える「文喫」(ぶんきつ)です。
入店してまず目に入るのは、まるでホテルのロビーかのような総合受付です。入場料は平日で1650円、土日祝で2530円(2024年9月時点)と、特定の本を買い求めるためだけに来店するには適しません。しかし、オープン以来本好きからの話題が絶えない本屋です。
なぜ人気なのか。これはサービスデザインの基本である「どんな人の、どんなニーズに応えるか」の視点で整理すると分かりやすいです。
文喫は「本が好きで、本屋に行くこと自体が目的になる人」の「本を買うだけでなく、選ぶところから楽しみたい」というニーズに応えています。「欲しい本がある人」の「すぐに読みたいから店で買いたい」を主な対象にはしていないのです。
では、選ぶところから楽しみたい人にとって、価値を感じる対象は何でしょうか。それは「本屋で過ごす時間そのもの」だと考えられます。
本屋の中をゆっくりと動きながら本棚を眺め、気になった本を試し読みする時間そのものに楽しさを見いだす。時間に対する価値なので、量的にも、質的にも「ゆっくり過ごせるか」が大切なポイントになります。
このように整理すると、文喫店内のさまざまな特徴は、すべてひとつの線でつながります。
こだわり抜かれた本棚も、おいしいコーヒーや煎茶が飲み放題というサービスも、十分すぎるほどに確保されている席数も。全ては「選ぶところから楽しむ」という体験を守り、その体験の価値を最大化するための施策です。
もちろんこれはこの本屋に限った話ではないでしょう。都内には「ビールが飲める本屋」がありますが、それもビールを味わいながら「本を選ぶところから楽しむ」ための施策といえますし、「複数人で本棚を間借りして運営している本屋」という新しいかたちの本屋は、棚を借りる「棚主」のセレクトを楽しみながら選ぶ体験につながっているのでしょう。
ペルソナの範囲を絞ったからこそ、一風変わった特徴の本屋が生まれている──。「どんな人の、どんなニーズに応えるか」というサービスを考える上での基本中の基本がいかに大事であるかを再認識させられます。
さて、次は本屋から少し業態を変えて「一風変わった」ブックカフェを紹介します。下北沢など都内に3店舗を構え「本の読める店」をコンセプトに掲げるブックカフェ「フヅクエ」です。
店内にも本はありますが、それは店主やスタッフの私物。基本的には自分で持参した本を読むためだけにフヅクエに向かいます。
「本の読める場所」とはどういうことか。それは「勉強」「仕事」「パソコンの使用」「一緒に訪れた人との会話」、これらが全て「ご遠慮」の対象です。オーダーもコソコソ話のように行いますし、徹底して「静かな店内で思いっきり本を読む」環境が整えられています。
店内のお客さん全員が黙々と本を読んでいる、静かな空間。これは本好きの私から見てもなかなかに「一風変わった」風景です。
このようなコンセプトや空間が面白いのは言わずもがなですが、この店を「本の読める場所」たらしめているのは「飲み物や食事をオーダーするごとに席料が安くなる」という料金プランだと私は考えています。
例えばオーダーなしの場合は席料が1500円ですが、700円のコーヒー1杯をオーダーすると席料は900円に下がってトータルで1600円。コーヒー2杯を注文すると席料は300円にまで下がってトータルで1700円となります(2024年9月時点)。
何もオーダーせずに読書だけをしても、飲み食いしながら読書をしても、お会計金額はそんなに変わりません。
これはフヅクエ公式サイトの言葉を借りるならば「飲み食いの多い少ないにかかわらず、全ての方がいかなる気兼ねも不安も感じることなく、存分にゆっくり過ごしていただけるように設けている」という仕組みです。
ゆっくり本を読みたいけど、何か頼まないと申し訳ない。ゆっくり本を読みたいけれど、次の人が待っているのではないか……。このような心配や気遣いを排除してくれる、すばらしい「一風変わった仕組み」と言えるでしょう。だからこそ本が好きな人たちを引き付けてやまないのです。
「入場料を取る本屋」として紹介した文喫では入場料が「長居するためのチケット」のような役割を果たしていますし、「本屋の中に泊まれるホテル」は宿泊料がその役割と言えそうです。
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