「あの商品はどうして人気?」「あのブームはなぜ起きた?」その裏側にはユーザーの心を掴む仕掛けがある──。この連載では、アプリやサービスのユーザー体験(UX)を考える専門家、グッドパッチのUXデザイナーが今話題のサービスやプロダクトをUXの視点で解説。マーケティングにも生きる、UXの心得をお届けします。
サブスクリプション型のサービスが人気――この数年、至るところで聞いてきたフレーズです。多種多様なサービスが誕生していて「こんなサブスクもあるの!?」なんて驚いたことのある方もいるのでは。お花、ホテル、衣服、家具、コーヒー……挙げ始めるとキリがありません。
その中でも特に人気を博しているのが「食のサブスク」です。お菓子の「スナックミー」、味噌汁の「MISOVATION」、冷凍弁当の「nosh」などなど、食に関するさまざまなサービスがしのぎを削っています。
今回取り上げるのは、そんな食のサブスクの一つである「パンスク」――なんとパンのサブスクです。テレビで特集されることもあるサービスなので、ご存じの方もいるかもしれません。
パンスクは、全国どこかのベーカリーから8個程度の冷凍パンが届けられるサブスクサービスです(配送間隔は2週間・1カ月・2カ月から選択可能)。食パンに菓子パンにクロワッサンと、色とりどりのパンが箱に詰まっています。それらを自宅の冷凍庫に保存して、食べたい時に家庭用のトースターで温め直せば、焼きたてさながらのパンが食べられるというもの。
会員数はうなぎ上りで、サービス開始3年にして4万人を突破しています(23年9月時点)。スーパーマーケットでも、コンビニでも、近所のパン屋でもパンは買えるのに、なぜ「あえて」パンスクを選ぶのでしょうか。この記事では「ユーザー体験(UX)」の観点からその理由を考察していきます。
9月時点で、パンスクの月額は送料込みで3990円。これを高いと感じるかは人それぞれですが、得てして食費は「やりくり」の対象。決して安いものではないでしょう。毎朝の食パンを用意したいだけなら、普段の買い物で購入すればよいのです。
ではどうしてパンスクは人気なのか? それはひとえに「おいしい焼き立てパンを食べたい」という、シンプルで強固なニーズをかなえられる点にあります。
パン屋に行けば「焼きたて」の札がついているパンを選んでしまうもの。焼きたては香ばしくて、サクサク・フワフワ感も一級品です。
でも皆さん、焼き立てのパンを買ったのに、家に帰ったら冷めていた……なんて経験はありませんか? 袋から伝わる温かさにホクホクと胸を膨らませていたにもかかわらず。
おそらくこれは深刻な悩みではありません。「あーあ、残念」くらいの体験であり、「そういうものだ」と分かっているもの。そもそも、焼き上がりの時間を気にしてパン屋を訪れること自体あまりないでしょう。
でも、例えば「いつでも家で、こだわりの焼き立てパンが食べられますよ」と言われたならどうでしょう。望んだわけではないのに「いいな!」と感じる人も少なくないのではないでしょうか。
それは、これまでの人生で形成された「できることならパンは焼き立てを食べたい」という潜在的なニーズがあったからです。なくても困らないし、強く望んではいなかったけれど、あるともう手放せない。パンスクが提供しているのはそのような体験です。
このような潜在的なニーズでいうと、サブスクではありませんが「ゼリー飲料」もそうでしょう。手軽にエネルギーを摂取できるため朝食代わりに飲用している人もいますが、誰もあの形態を望んではいなかったはずです。社会で話題になるサービスは、いつだってこのような潜在的なニーズを捉えています。
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