マーケティング・シンカ論

パンはどこでも買えるのに、3990円のサブスクがなぜ人気? UX観点からワケを考えるグッドパッチとUXの話をしようか(2/3 ページ)

» 2023年10月06日 08時30分 公開

主食でもあり、こだわりの一品でもある。パンの特異な立ち位置

 このように、潜在的なニーズを捉えているからこそパンスクは支持されています。また、そもそもパンという食品自体がサブスクに向いているという側面もあります。

 サブスクとは、継続的に料金を支払うことで、そのサービスを利用し続けられるものです。Netflixなどのコンテンツ配信サービスに対して「使いたい放題」のイメージがあるかもしれませんが、その本質は「継続支払・継続利用」です。

 継続利用は「暮らしの中で当たり前のように使用するもの」というカテゴリーを意味します。パンはまさにそのカテゴリーに属していて、それは「主食」だからです。

 毎日1食はパンが食卓に並ぶ家庭も少なくないでしょう。だから「ストック」というニーズが生じる。それこそAmazonの定期便や生協の宅配が果たしている役割の一つでしょう。

パンが継続利用と相性がいいのは「主食」になり得るから(画像:ゲッティイメージズより)

 ストックだけならば、パンスクでなくもっと安く済む方法があります。ではなぜパンスクを選ぶ人がたくさんいるのか――。それはパンが単なる主食ではなく「こだわりの一品」でもあることが大きく影響しています。

 パンの種類は総菜から菓子パンまで幅広く、街中まで見渡すと「天然酵母」「生食パン」といったこだわりのパン屋もあり、持ち運びの時間も気にならないパンは持ち帰って家族や友人と食べ比べを楽しめます。さらにはバルミューダが火付け役となった「自宅で簡単においしく焼き直しができる」トースターが主流となり、パンにこだわる人も増えました。

 そう、まさに「こだわりの一品」なのです。だからこそストックの他に「おいしいパンを調達する」という用途が生まれ、それを実現する方法としてパンスクが選ばれるのです。主食でありながら、ここまで「こだわり」の側面を持つ食品というのは意外と珍しく、まさに特異なポジションだといえます。

主食以外にも「こだわりの一品」としての顔を持つ(画像:ゲッティイメージズより)

 「こだわり」という意味では、お取り寄せグルメも近いでしょう。パンスクが届けるのは「全国各地のお店自慢のパン」であり、それはお取り寄せグルメと同じような「こだわりの一品」です。ただし、お取り寄せグルメは特別感の強い商品であるため、定期購入にはつながりづらい。やはり「主食」の力は強いのです。

 ちなみに「主食」カテゴリーではありませんが、選りすぐりのお菓子が届く「スナックミー」も同じようなポジショニングです。頻繁に食べるものだからこそ、味や栄養素にはこだわりたい。そんなニーズをかなえています。

パン屋の課題も解決している

 ユーザーから見たパンスクの魅力を語ってきましたが、パンスクの本当のすごさは豊かなユーザー体験を提供しているだけでなく、パン屋側の課題も解決している点にあります。その課題とはズバリ「売り上げ拡大」です。

 パン屋の商圏は限定されがちです。パンの足は早く、そしてスーパーやコンビニでも買えることから、基本的には近所の店で買われます。だからお得意さんは増えにくく、EC化も簡単にはできません。「山奥にある人気店」のようなパン屋が話題になることもありますが、かなり珍しい例なのです。

 そこでパンスクが提供するのは「いつも通りにおいしいパンを焼くだけで売り上げが拡大する」という、パン屋側の課題解決です。

いつも通りに販売するだけで売り上げ増が期待できる(画像:ゲッティイメージズより)

 厳密にいうと、パンを焼いた後に一つだけ作業があって、それは「冷凍保存袋に入れて凍らせる」というもの。

 なお、パンスクの冷凍パンがおいしいのは、パンスクが独自開発したこの冷凍保存袋にあるといわれています。運営会社パンフォーユーの代表取締役は、日経BPのインタビューに「コストは通常の袋に比べると7〜10倍高い」としながらも「水分をキープできるのでモッチリふわっとした食感を保てる」と話しています。おいしさへのこだわりですね。

 冷凍したら、あとはパンスク側が手配した宅配業者が引き取りに来るのを待つだけです。パンスクからの発注に従って作っているので売れ残りのリスクもありません。

 こうして「足が早い」というハンデを乗り越え、おいしさを妥協することもなく、より多くの人に届けられるようになったのです。パンスクが実施したアンケート調査によると、パン屋側の満足度はなんと92%。課題解決に資するサービスだからこその結果でしょう。

 ユーザー体験(UX)というと、文字通り利用者に目が行きがちですが、実際はそのサービスに関わるあらゆるステークホルダーの体験を考えることが大切です。「三方よし」という言葉があるように、サービスを利用する人の体験だけを考えても良いサービスにはなりません。パンスクはこの仕組みが強固だからこそ、おいしいパンが届けられているのです。

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