変革の財務経理

埼玉県議会が「インボイス廃止」意見書を可決……本格導入から1年、制度見直しのゆくえは古田拓也「今さら聞けないお金とビジネス」

» 2024年12月27日 10時30分 公開
[古田拓也ITmedia]

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


 12月21日、埼玉県議会で「インボイス制度の廃止」を求める意見書案が可決された。主導したのは自民党県議団であり、与党の地方議員が国政の方針と対立する意見書を提出する極めて異例の決議が注目を集めている。

 インボイス制度を巡っては、導入前から企業の経理担当者や個人事業主を中心に「事務負担が増大する」「現場に混乱が生じる」という声が寄せられてきたが、政府は「複数税率を伴う消費税の正確な把握に資する」と意義を強調してきた。

 今回の埼玉県議会の採択を受け、インボイス制度の是非があらためて注目されている。2023年10月に導入されて1年が経過したインボイス制度。導入後にどのような効果があったのか、また企業における事務負担はどれほど増えたのか。さらに今後この制度をどう活用していくべきかを、諸外国の事例を基に考える。

議決の背景

 埼玉県議会がインボイス制度廃止を求める意見書を可決した背景には、中小企業や個人事業主の負担増が県内経済に及ぼす影響への懸念がある。さらに、インボイスを導入するために必要なシステム投資や、人手不足の中で煩雑な経理作業をこなさなければならないというコスト面の負担増大も指摘されていた。

 インボイス制度は、消費税の仕入税額控除の厳格化を狙い、複数税率が適用される品目を正確に管理するための仕組みである。しかし、軽減税率の導入によって、同じ商品でもイートインと持ち帰りで消費税率が異なるため仕分けが必要となる。

 取引先も「免税事業者」「課税事業者(インボイス登録なし)」「課税事業者(インボイス登録あり)」の3種類に仕分けされ、それぞれで経理業務フローが異なるという複雑な状況が生まれた。

 このようなインボイス制度は、システム投資にかける余力の少ない中小事業者や個人事業主にとっては、対応準備の難しさとコスト負担が重荷となる。そもそも、中小、零細規模の事業者がインボイス対応したとしても期待できる税収の増加幅は小さい。

 そうであるにもかかわらず、小規模事業者も大企業も同じ基準で会計処理を行わなければならない。確かに数年は経過措置があるが、裏を返せば、2025年以降は今まで以上に地域経済への影響や負担が増大していくことを意味する。

 埼玉県議会においては、そのような地方の声を拾う形で、意見書の可決に踏み切ったのではないだろうか。

諸外国のインボイス事情

 政府側の言い分としては、インボイス制度は欧州各国をはじめとして、多くの国で導入されていることが挙げられるだろう。

 例えば、欧州連合(EU)加盟国においては、付加価値税(VAT)の仕組み上、インボイスの作成と保管は厳格に規定されており、電子化が進んだ国では実務の効率化が図られている。特に、イタリアでは「SdI」と呼ばれる電子インボイス交換システムが導入されている。

 これには税務当局と事業者が相互にデータをやり取りする機能があり、環境としては日本よりも進んだインボイス制度であるといえる。事業者側の不正防止や税務当局の負担軽減という政策目標を達成すると同時に、事業者側での請求管理効率化に寄与している面もある。

 また、デンマークをはじめとした北欧諸国では電子インボイスを使用して課税の申告や支払いを自動化する例も散見される。このような国においては、電子化されたプラットフォーム上では複数税率の管理も一元化され、専用ソフトウェアを通じてタックスレポートが瞬時に作成される。

 他方、米国は日本と同じか、それ以上に混沌としたインボイス制度となっている。米国には連邦で統一の消費税が存在しない。また、インボイスといっても、州ごとに異なる税率や軽減税率などの存在が原因で、書式フォーマットが混在しているのも大きな課題だ。このため、欧州のように全国一律の仕組みを導入するのではなく、州政府や事業者は独自のレポーティングシステムを採っている。

 このように考えると、日本がインボイス制度を導入したのはかなり時期尚早といえるかもしれない。欧州や北欧などのように、インボイス制度を導入するに当たって必要なプラットフォームやシステムを構築していれば、足元の混乱も本来起きなかったはずだ。

 そう考えると、政府が「他国でも導入されている」ことをもって民間の負担のもとでインボイス制度を継続させていくことには一定の疑義が生じる余地があるのではないだろうか。埼玉県議会の決議に続き、他県の議会もその動きに追随していくかに注目が集まる。

現行制度下の経理業務を効率化するポイント

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 しかし、インボイス制度が直ちに廃止される見通しは立っておらず、企業や事業者にとって目下、重要なのは、現行制度のもとでいかに効率的に対応するかだ。以下に、経理業務を円滑に進めるための主なポイントを示していきたい。

 まず、経理にかかる書類や業務フローを電子化していくことが第一歩だろう。紙は郵送コストがかかるだけでなく、人的ミスを誘発するリスクも高い。クラウド会計ソフトや請求書管理システムなど、電子化ツールの導入が効果的である。

 欧州など先行事例を参考にすれば、電子インボイス発行・管理のプロセスを整えることで、経理担当者の負担を大幅に減らせる可能性がある。また、日本のインボイス制度がデジタル化した場合、やはりクラウドツールとの連携が主軸となる可能性が高いと考えられる。そのため、業務効率化だけでなく、シームレスな移行のためにも経理は電子化に集約すべきだろう。

 また、2026年9月からはこれまで8%まで仕入れ税額控除できていた経過措置が5%までしか税額控除できなくなる。消費税2%分であれば発注側が控除できない分の値引きをせずに負担するケースも多かったが、5%分も控除できなくなったら話は大きく変わってくる。

 そのため、取引先と事前に条件を明確化しておくことが重要である。特に非課税事業者や適格請求書発行事業者でない相手との取引では、契約条件や取引価格の影響が今後増大していき、2029年にはインボイス事業者でない事業者からの仕入れ税額控除は一切認められなくなる。相手の事業規模や事情を踏まえたうえで、経過措置への対処法をあらかじめ模索しておく必要がありそうだ。

今後の展望と制度見直しの可能

 埼玉県議会の意見書は、あくまでも国に対して制度の廃止を求める「要望」にとどまる。最終的な判断は政府や国会に委ねられるが、地方議会が声を上げた事実は小規模事業者や経理現場の実態を映すシグナルとして注目されている。国としても、経済活動の公正化を目指す一方で、中小事業者への過度な負担が経済に悪影響を及ぼすことは避けたいところである。

 一方、海外の事例に目を向ければ、電子インボイスの普及によって事務負担の軽減と課税の透明性を同時に実現している国もある。日本においても、今後デジタル庁を中心とした行政デジタル化の推進が予想される中で、システム整備や規格統一が進めば、インボイス制度下の実務負荷を軽減し得る可能性が高い。

 現時点では廃止か存続かを巡って議論が交錯しているが、長期的には「電子インボイスの完全義務化」「インボイス情報をオンラインでリアルタイムに税務当局と共有」といった方向へ進む可能性もある。

 従って「制度そのものが廃止」となる可能性は低いと考えられるが、「経過措置の延長」や「インボイス制度の一時凍結」あたりが着地点になるのではないかと考えられる。

 埼玉県議会の動きは、全国の中小事業者が抱える問題意識を表面化させる契機となり得るが、税制を巡る議論は今後も多方面で熱を帯びていくとみられる。

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