この記事は、『ユニクロの仕組み化』(宇佐美潤祐著、SBクリエイティブ)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。
FRMIC(Fast Retailing Management and Innovation Center、ユニクロの経営者・人材育成機関)はかなり独特の組織で、従来型の社内教育機関とは全く異なる発想を持っています。名前の通り経営変革を通じ経営者・人材育成を図ることがミッションです。
その中で次世代経営者育成の2本の柱となる「仕組み」が、「FGL(Future Global Leader)イニシアティブ」と「MIRAIプロジェクト」という二つのプログラムでした(現在は異なるプログラムに進化)。FGLイニシアティブは、マネジャークラス(年齢による区切りはありませんが、目安は30代です)を3年間で経営者(役員あるいは上級部長グレード)に育成するためのプログラムでした。対象者はグローバルグループから各事業の経営者によって抜擢(てき)された60人程度で、女性が半分、日本人は3分の1程度の構成でした。
育成のキードライバーは、次の3点です。
これらを通して、経営者としての視座・醍醐味・大変さを、通常業務よりも直接的に学ぶ。
ただし、一度抜擢されたらその立場は安泰と思わせないように、一定の割合で入れ替える(敗者復活の道は設けた上で)。常に全力で上記のプログラムに当たるようにする。
試練の例としては、以前お伝えしましたが、営業センスは優れているが国内だけで育ってきた、英語もおぼつかない日本人をロシア事業の最高執行責任者(COO)に就かせたり、人事・教育の経験しかない人材をサプライチェーン全体を統括する責任者に登用したりです。あれらの人事はこのプログラムの一環でした。
それまでのキャリアからかなり飛躍して、試練を与えていることで、実践でもがき苦しみながら、自らがリードし、チームをつくり成果を出すことにチャレンジさせます。
一方、MIRAIプロジェクトは、未来のユニクロを担う若手層の発掘・抜擢・育成を目的としたプロジェクトです。FGLよりさらに若いジュニア層(20代から30代前半が主体)が対象です。
経営層からすると個々の人材の能力や可能性が未知数な層なので、グローバルに公募をかけ、自ら手を上げさせ、選考をして、60人程度に絞り込むプロセスをとっていました。FGLと同様に女性半分、日本人3分の1程度の構成となっています。
プロジェクトの期間は1年。5人程度のチームを基本的には地域・事業のくくりで組成し、各地域・事業の経営者の問題意識も踏まえてテーマを設定します。プロジェクトを進めていき、その成果を3カ月ごとに柳井社長に報告します。
現場・現物・現実に入り込んで得た洞察をベースに仮説をつくり、関連経営者のところに行って議論し、さらにFRMICアドバイザー(社外有識者)の叱咤激励を受けた上で、柳井社長との討議に臨みます。日常業務を続けながらのプロジェクトなので、相当にハードです。
そうした内容の濃いプロセスを通じて鍛えます。進捗状況はFRMICのスタッフが随時チェックし、成果の見えないプロジェクトは途中で中止になります。その一方で、知られざる逸材がプロジェクトを通して認知されると、その社員は一段上のFGLイニシアティブへの参画を含む次のチャレンジ機会を与えられました。
例えばある日本人の女性店長は、ずっと夢として持ち続けていた世界的に著名なある会社とのコラボレーションをMIRAIプロジェクトで提案し、柳井さんに認められました。
そしてそのプロジェクトのリーダーに抜擢されています。いずれの枠組みも、ユニクロが抱えている経営課題を見つけて、そこに解決案を出してもらい、実践する取り組みでした。
他の企業でも経営課題を社員が見つけて、それに対して提言するようなプログラムはありますが、必ずしも実践が前提ではありません。ユニクロの場合は実践を前提に提案しなければいけません。
「ごっこ」の提案では済ませられない覚悟が問われますが、成果を出せば自分の未来も拓(ひら)けます。
経営変革を提案させて、実践させて、成果を出せたら、卒業して昇格します。非常に実践的で、成長を後押しする仕組みといえるでしょう。
この2つの枠組みは柳井さんの後継者を育成するサクセッションプランに連携する形で仕組み化していました。
現在はFGLイニシアティブ、MIRAIプロジェクトはいずれも終了していますが、FRMICが育てようとしている経営者人材が自らのアスピレーション(願望)を明確に持ち、それをベースに骨太に企み、実践をドライブし、結果として成長・利益をあげる人であることに変わりはありません。
「ポスト柳井」の育成として、最初はGE(ゼネラルエレクトリック)流の後継者育成プログラムを取り入れていました。
GEの後継者育成制度に「セッションCプロセス」があります。各社員の評価とキャリア開発を上司との面談、部内・事業部門単位での討議を通じて決定していく仕組みです。
評価の際には縦軸にパフォーマンス(業績)、横軸にGEバリューを設けますが、GEではパフォーマンス以上にGEバリューを重視します。GEの特徴といえるのが「360度評価」で、上司、同僚、部下、顧客による全方位の評価です。1人につき15人程度に5段階評価とコメントをもらいます。
基本はこの考え方を使って、ユニクロ流にアレンジしました。実際、GEのプログラムをつくったミシガン大学のノエル・ティッシ教授に協力してもらいました。
社内で後継者候補13人を選んで、このプログラムを使って、誰がどこの座標に位置するかをまずはっきりさせます。評価には柳井さんも加わります。それから、一人一人の強みや改善点、伸びしろなどをはっきりさせて、柳井さんの後継者になるためにどのように成長させるかプランを立て、それを実践します。これの繰り返しです。人事と連携して「仕組み化」しましたが、サクセッションプランは内容は進化しながら「仕組み」として根づいています。
2023年9月に事業会社ユニクロの社長兼COOに44歳で就いた塚越大介さんは、サクセッションプランが始まったときに選ばれた参加者13人のうちの最年少でした。それから約10年、FRMICを経て中国事業や米国の責任者を歴任し、2022年には再び米国の責任者になって、それまで赤字が続いていて「お荷物」と見られていた米国事業を見事に黒字転換しました。
私から見た塚越さんの最大の強みは、徹底した「仕組み化」とその実践力にあります。塚越さんの社長就任ニュースを見たとき、「仕組み化」の達人を指名された柳井さんの慧(けい)眼に感動を覚えました。
柳井さんは2023年10月の決算会見でこう述べています。
「私、柳井正は今後もユニクロとファストリの会長兼社長として、従来同様、グループ全体の経営の意思決定および経営執行をやってまいります。念の為申し上げておきますが、私もまだ頑張りますので、どうか会長と呼ばずに社長と呼んでください。心からお願いいたします」
事業会社ユニクロでは肩書から社長が外れましたが、FR(ファーストリテイリング)会長兼社長として引き続きグループ全体の意思決定や執行を担う姿勢を鮮明にしています。ただ、同時にこうも語りました。
「すでに経営チームが中心となって、次の時代を担う20代30代の経営者候補を発掘し育成するサクセッションプランをつくり、世界各地で実行しつつあります」
「ポスト柳井」を見据えた「仕組みづくり」は着実に進んでいるようです。
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