既存の顧客データで「新ビジネス」ができる!? 世界で盛り上がる“デジタル保険事業”データが生み出す新ビジネス(3)(2/2 ページ)

» 2025年01月08日 07時00分 公開
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生命保険は「予防」も差別化要素に

 次に、生命保険分野に目を向けてみましょう。収入源の喪失を補填する意味合いで、年金・医療・死亡保険は引き続き主力商品として展開されていますが、これらは人々の健康状態や寿命に大きく影響されます。日本の誇る公的な社会保険、国民皆保険制度の維持においても、少子高齢化に起因する医療費増大という構造的な課題が顕在化しています。

 昨今、医療業界やヘルスケア業界のDXが大きな変化をもたらしています。遠隔医療やAI診断、治療アプリなどの医療サービスだけでなく、ヘルステック系アプリやウェアラブルデバイスなどのヘルスケアサービスも、新たなデータ蓄積の手段となりました。これらは、EHR(電子健康記録)やPHR(個人健康記録)などのビッグデータを軸にしたビジネスの進展に寄与しています。

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 国は、デジタル技術を活用した次世代ヘルスケアを推進しています。従来の医療・介護保険制度のみに頼らない、民間によるヘルスケアサービスの拡大を促進し、公的保険外のヘルスケア・介護に係る国内市場を、2020年の24兆円から2050年には約50兆円増となる77兆円にする目標を掲げています (経済産業省「新しい健康社会の実現」2023年3月)。

 現在、PHRや医療機関が保有するEHRはそれぞれ独立していますが、厚生労働省が公開している「全国医療情報プラットフォームの全体像」(参考:PDF)にも示されているように、それらのデータを有機的に活用し、医療と民間のヘルスケアサービスの発展に役立てることが期待されています。このような医療情報プラットフォームの設立は、データに基づき健康の向上に寄与する可能性を示唆しており、高齢化社会における医療・ヘルスケアでの適正なサービス提供を加速させるでしょう。

 これまでは収入源の喪失を補填することが主眼だった生命保険分野において、予防を組み合わせた健康増進の役割が、顧客体験において必要な差別化要素になってきています。

既存データの活用で、新たな保険ビジネスも

 最近注目されている保険についても取り上げます。

 ポスト終身雇用の世代では自由な働き方が増え、フリーランスやギグワーカーが現代社会で増加し、従来の雇用形態に基づく保険制度だけではカバーしきれない課題が浮上しています。例えば、Uberなどのギグエコノミー業界では、従来の保険では補償の対象とならない多くのドライバーや配達員が存在します。

 しかし、それらの人々もリスクから守られる、より安全な社会環境を享受する権利があります。このような社会課題に対し、保険業界はどのように応えるべきでしょうか。

 終身雇用のない海外では、日本よりもこの分野が進んでいます。顧客の特性やニーズに応じたフレキシブルな保険商品の開発により、従来は保険の対象にしづらかった人々を補償の範囲に含めることが可能になっています。

 Grabは東南アジア最大のライドシェアリング会社で、その保険事業も同様に大きな規模で展開しています。従来、ライドシェアは雇用の保証を受けず、事故や病気によるリスクも高い業種でした。ここに着目したGrabの保険は、同社の運転手パートナー、食品配達スタッフ、その他のギグワーカー向けに特別に設計され、保険料は単発で、毎日、毎週、または毎月払いが可能です。

 カバーされる範囲は病気やけが、入院、永久障害、死亡など多岐にわたり、仕事を通じて資金を確保できるよう、保険プランを支払うための引き落とし機能を提供しています。また、個人に合わせて保険料を調整できるため、受け入れやすいコストで活用可能です。このような取り組みにより、Grabは競争優位性を獲得しています。

 また、米Catchはギグワーカー向けの多機能保険プラットフォームを提供しています。ヘルスケア、退職、タイムオフ、税金ごとに独自のアカウントを設定し、自分のニーズに合わせて資金を積み立てることができます。この一元化したプラットフォームは、従来の雇用主から提供されるセーフティーネットを持たないフリーランス労働者には特に有益です。

 これらの企業は、従来の雇用形態に縛られない現代の労働市場のニーズに重点を置き、ギグワーカーが中心となる新しい労働環境に対応しています。国や地域による社会保障制度や公的な保険制度の有無、またはその対象範囲を捉え、事業の担い手が安心して働ける環境を提供することが、企業の競争力を生んでいるユニークな事例です。

 また、社会ニーズに合わせて保険を柔軟に提供している例として、若い世代の金融資産形成を促すものもあります。

 シンガポールのNTUC Incomeが提供する「SNACK」という少額から始められる保険商品があります。こちらは、ユーザーが日常生活のさまざまなアクティビティーを行うたびに少額の保険料が支払われ、それによって保険を蓄積する新しい種類のマイクロインシュアランスサービスです。例えば、ユーザーがウォーキングやランニングをしたり、給与を受け取ったり、クレジットカードを使用して買い物をしたりするたびに、自動的に少額の保険料が支払われ、それが補償に変換されます。

 これにより、保険加入者は生活スタイルに合わせたフレキシブルな保険プランを作成し、保障範囲も個々の生活スタイル、ニーズ、予算に合わせて容易に調整できる点が特徴です。このビジネスモデルはこれまで保険に入っていなかった人々や、保険に対して消極的だった人々に対して保険活用を促進し、保険の普及に貢献しています。

 今回は保険業界を一例にお話しましたが、これからの時代、企業は自社の業種や業態、現状の事業モデルに捉われることなく、新たな視点での取り組みが求められます。

 特に新規事業においては、各ステークホルダーからデータに基づく意思決定を重視することが求められます。その際に、金融商材の導入や組み合わせによって、より解像度の高いデータが入手でき、確固たるデータに支えられた戦略が実現できます。

 新規事業の立案者は、これらの取り組みや事例を参考に、自社のビジネスモデルや顧客のニーズと照らし合わせ、どのような商品が求められているのかを見つめ直すことが重要です。保険と既存ビジネスの融合から生まれる新しいチャンスは、経済活動のエンジンともいえる企業のさらなる発展を促すきっかけになり得ます。既存ビジネスの知見とデータ分析、そして先進技術の活用を通じて、新規事業の成功につなげていきましょう。

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