KDDIが経理のオペレーション改革にAIを活用し、得た成果とは。従来の業務プロセスから脱却を図る中で直面した課題、失敗と成功、今後の展望を語る。
労働法に詳しい株式会社Works Human Intelligenceの社労士・井口克己氏が、労務関連の素朴な疑問を解決します。
Q: 当社では男性の育児休業の取得実績がほとんどありません。会社のWebサイトに育児休業取得率を掲載しているので、採用活動にも影響するのではないかと懸念しています。
そこで社長から「男性の育児休業取得が増えるような制度を作るように」と指示されました。法律で定められた施策はすでに実施していますが、その他にどのような施策が有効なのでしょうか。
A: 男性の育児休業取得促進には「収入減対策」と「職場環境の改善」の2つのアプローチが効果的です。
収入減対策として、育児休業期間に応じて、段階的な会社が独自の育休手当(以下、育休手当)の支給が有効です。
職場環境の改善として、経営層からの明確なメッセージ発信と、上司による直接的な制度説明・取得推奨を組み合わせることで、育休を取得しやすい雰囲気づくりができます。
厚生労働省が発表した「令和5年度雇用均等基本調査」によると、育児休業制度を利用しなかった正社員・職員の男性が、利用しなかった理由として最も多かったのが「収入を減らしたくなかったから」(39.9%)、その次は「職場が育児休業制度を取得しづらい雰囲気だったから、または会社や上司、職場の育児休業取得への理解がなかったから」(22.5%)でした。
育児休業期間中は無給になる会社が多く、その間は雇用保険からの育児休業給付金の給付で生活することになります。しかし、育児休業給付金の額は就業しているときの約3分の2です。家族が増えて生活にかかる費用が増える中、経済的な不安が育児休業の取得を妨げる要因になると考えられます。
そこで、育児休業給付金が従前の収入をどの程度カバーできるのか、収入減はどの程度なのかを試算しました。次の条件で行っています。
試算は収入と育児休業給付金の差額ではなく、従前の収入から所得税や社会保険料を控除した後の手取り額と育児休業給付金の金額を比較することとしました。育児休業給付金は非課税のため全額手元に入りますが、収入からは所得税と社会保険料が控除されるため、手取り額で試算したほうが実態に近づくと判断したためです。
試算の結果、育児休業給付金は、従前の手取り額と比べて年間で約121万7000円、約26%減少します。月ごとの内訳としては、最初の1カ月は手取り額は変化なく、2〜6カ月は1カ月当たり約6万6000円、7カ月目以降は約14万6000円、手取り額が減ることになりました。年間でこれほど減収が発生するとなると、育児休業を取得することを諦め、年次有給休暇などをやりくりしていこうと考える人がいることでしょう。
「年間121万7000円も収入が減るのか……」と育児休業の取得を諦める人でも、会社から減額分を補填されたら育児休業を取得しようという気持ちになることは十分に考えられます。そこで育児休業期間中に会社独自の育休手当を創設することを考えてみます。
育休手当で減収分が補填されると社員の経済的な不安は払しょくされるでしょう。しかし、育児休業期間中に会社が手当を支払う場合には注意が必要です。
具体的には、育休手当が賃金月額の所定の支給率を超えると育児休業給付金が減額されます。また、育休手当は所得税・雇用保険の対象となるので全額を受け取ることができません。育休手当を増額しても、本人の手取り額が増えないことも考えられます。
では、本人の手取り額が減らない育休手当はどのように考えたらよいのでしょうか。育休手当の金額を従前の収入(賃金月額)の0〜100%に変化させて、育児休業給付金と育休手当、それによる所得税、雇用保険料を考慮した手取り額を試算しました。
試算は次の条件で行っています。
育児休業開始から180日までの試算は次の通りとなります。
試算の結果、次のことが分かりました。
このシミュレーションの結果から、会社負担が少なく、育児休業給付金を満額受け取れる──つまり手取り額が最大になるのは、育休手当が賃金月額の13%の場合になります。
育児休業開始から181日目以降は、180日目までと同様に分析すると手取り額が最大となるのは、育休手当の金額が賃金月額の30%の時となります。
このように育児休業給付金の支給率に応じて育休手当を補填すると、会社の負担も少なく、休業前の手取り額と同等の金額をもらうことができます。このため「収入が減るので育児休業を取得しない」という社員に対して育児休業の取得を促すことができると考えられます。
また、2025年4月から「出生後休業支援給付金」が創設されます(※)。この給付金は本人と配偶者が14日以上の育児休業を取得する場合に、最大28日間、賃金月額の13%相当額が給付されます。これを育休業給付金に加算すると育児休業期間の最初は1カ月、従前の手取り額(手取り10割相当)に近づきます。このことから、育児休業開始から1カ月間は育休手当で補填しなくても育児休業の取得を妨げることはないと考えられます。
(※)こども家庭庁「子ども・子育て支援法等の一部を改正する法律」(令和6年法律第47号)の概要(参考:PDF)
令和5年度雇用均等基本調査では、制度理解の不足も取得をちゅうちょさせる要因であると考察しています。そのため育児休業を取得する社員の職場で制度の理解が進むことが有効な対策だと考えられます。具体的には次のような施策が挙げられます。
経営層が男性の育休取得の重要性を訴えることで、職場全体の理解が深まり、取得しやすい雰囲気が醸成されます。
制度の説明を人事部門の社員が行うのではなく、育児休業を取得する社員の上司が直接行うことで心理的ハードルが下がり、育児休業を取得しやすい雰囲気が醸成されます。さらに、本人の収入面の不安が和らげられ、より効果的になると考えられます。
男性の育児休業取得の促進には、社員の2つの不安を解消することが有効です。
1つ目は収入が少なくなるという経済的な不安です。これを解消するためには、会社独自の育休手当で減収を補填します。
2つ目は制度を取得しづらいという心理的な不安です。対策としては、経営層から男性も育児休業を取得するよう積極的にメッセージを発信すること、上司からの育児休業に関する会社の支援制度の説明を実施することなどを通し、職場全体の理解を深め育児休業を取得しやすい雰囲気を醸成することが考えられます。
井口克己(いぐちかつみ) 株式会社Works Human Intelligence WHI総研フェロー
神戸大学経営学部卒、(株)朝日新聞社に入社し人事、労務、福利厚生、採用の実務に従事。(株)ワークスアプリケーションズに転職しシステムコンサルタントとして大手企業のHRシステムの構築・運用設計に携わる。給与計算、勤怠管理、人事評価、賞与計算、社会保険、年末調整、福利厚生などの制度間の連携を重視したシステム構築を行う。また、都道府県、市町村の人事給与システムの構築にも従事し、民間企業、公務員双方の人事給与制度に精通している。現在は地方公共団体向けのクラウドサービス(COL)の提案営業、導入支援活動に従事している。その傍ら特定社会保険労務士の資格を生かし法改正の解説や労務相談Q&Aの執筆を行っている。
人事管理、給与計算、勤怠管理、タレントマネジメントなど人事にまつわる業務領域をカバーする大手法人向け統合人事システム「COMPANY」の開発・販売・サポートを行うほか、HR関連サービスを提供している。COMPANYは、約1200法人グループへの導入実績を持つ。
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