あなたの職場にもいるかも? “ソシキノカベ虫”を駆除する方法(4/5 ページ)

» 2025年02月26日 06時00分 公開
[岸良裕司ITmedia]

[事例]わずか1カ月で全国最下位の支店がトップに

 売上高6000億円を超えるハウジングメーカーI社は、厳しい状況を迎えていた。

 人口減少や少子高齢化の影響を受けて新築着工件数が減少する中、売り上げは減る一方だ。競合との激しいシェア争いにさらされて値引き合戦で敗退することが続いていた。

 この会社の主力事業は、注文建築である。受注してから家が建つまでの期間は3〜6カ月。その間に仕様変更が次々に起きることもしばしばある。それが手戻りを引き起こし、コストアップの原因ともなる。建築資材の生産計画の変更は常態化し、現場は常にバタバタとした状態になり、品質低下や工事の遅延を招いていた。顧客からのクレームも増え、営業部門と生産部門の関係は悪化。火花が散るような騒動も頻発していた。

 この会社の壁には「全体最適で仕事をしよう!」というスローガンが貼られていた。これはソシキノカベ虫が発生している証である。早速、TOC理論に基づく対策を始めることにした。

 対象になったのは、営業成績で全国最下位の支店。地元の工務店との価格競争で連敗が続き、支店を閉鎖することさえ検討されていた。関係者が集まりワークショップで仕事の流れを整理した。

 この図は、仕事の流れを示したもの。営業→設計→生産設計→工場→工事の流れで仕事が行われている。その中では明らかに設計が制約になっている。設計は上流の営業と下流の生産の双方に関わっているからだ。

 設計の仕事は本当に忙しく、朝から夜遅くまで残業もいとわず仕事をしている。

 午前中は生産系の仕様決めや打ち合わせ、午後は営業とともに顧客との打ち合わせに追われ、設計の仕事に集中できるのは定時の退社時間を過ぎてからになる。

 残業が常態化しているため「働き方改革プロジェクト」が立ち上がったが、設計メンバーは仕事を家に持ち帰って顧客への提案を作成するようになった。内部告発でこのサービス残業問題が発覚し、労働基準局からも指導が入りブラック企業のレッテルを貼られてしまった。

 制約が明らかになった時点で、「働き方改革プロジェクト」のリーダーである総務部長の一言が状況を打破する第一歩となった。

 「働き方改革は他の人にやらせるものだと思っていたが、間違いだった。本当は我々が自ら働き方を変えなければならない!」

  • 総務部門が制約解消の救世主に

 総務部長はさっそく、設計部門が抱えていた「余計な」仕事、たとえば旅費精算などを総務部が手助けすることに決めた。

 慢性的に忙しい設計メンバーにとって、旅費精算がなくなるだけでも助かるが、本当に必要なのは顧客のための提案を集中して考えられる時間である。

 そこで、設計だけは定時よりも2時間早く出社するようにし、朝7時から9時までを設計に没頭する「集中タイム」とした。集中タイムでは、メール、電話、チャット、SNSなど、仕事の集中をそぐものは、一切禁止した。定時は2時間前倒しで、その分早く帰れるようにした。

 集中して考える時間ができたことで提案の質も上がり、受注にも結び付くようになった。地元の工務店に価格で一度負けた案件であっても、再提案により逆転受注が決まることさえ起きた。全国最下位だったこの支店は、わずか1カ月で全国トップの売り上げを達成。本社の経営陣を驚かせた。

 さらに、3カ月後には利益も全国トップに躍り出た。主な要因は、常態化していた設計変更による手戻り・手直しがほぼなくなり、その分のコスト削減分が利益になったことだ。工期も短くなり、翌年の完成予定だった工事が4週間近く前倒しできてクリスマスとお正月を新居で迎えることができたと、お客様から感謝状が届くこともあった。組織間の衝突も減り、職場全体が明るくなった。

 本社の役員がこの支店を訪れ、設計メンバーにねぎらいの言葉をかけたところ、こう返事がきたという。

 「設計メンバーは何もしていません。変えてくれたのは総務メンバーです。彼らが制約である我々を助けてくれたから、この変化はもたらされたんです」

 この変革を推進した総務部長はその後、他の10支店でも同様の「全体最適の働き方改革」を展開するために大抜擢された。

 彼が入った支店は次々と成果を上げ、職場に「和」がもたらされるという評判も上がっていった。そして、翌年には最年少で役員に抜擢された。

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