新卒の人材獲得競争が激しくなり、初任給が高騰。大手企業は30万円時代に突入している。一方、政府や経団連と連合の労使が足並みを揃(そろ)えて物価を上回る賃上げを要求し、賃上げ圧力が年々高まっている。
すでに春闘前に前年比7〜8%の賃上げを表明する企業も相次ぎ、賃上げ気分も醸成されつつある。ただし賃上げをすれば当然ながら人件費は増大する。業績絶好調で利益率が高ければ賃上げ余力はあるが、そうでない企業も多い。業績は良くなくても賃上げしなければ人手不足や早期離職を招きかねない。“防衛的賃上げ”を行う企業も多いだろう。
多少の賃上げはやむを得ないとしても、他社に追随し、大幅な賃上げを行うと経営を圧迫する。ではどうやって賃上げの原資を捻出するのか。
一般的に人件費には、基本給や残業代などの月例給と年2回支給される賞与がある。その他に社会保険料などの法定内福利厚生と住宅手当や家族手当などの諸手当、食堂、社宅などの法定外福利厚生がある。さらに退職金の引当金(毎月付与される確定拠出年金保険料も含む)も入る。
実はこうした人件費の要素を改変しながら賃上げの原資に充てている企業は少なくない。
例えば、みずほフィナンシャルグループは2025年度に8%程度の大幅な賃上げを実施し、ベースアップも含めて基本給を底上げすると報道されている。一方で2025年3月から社宅の廃止と住宅補助の減額を打ち出しているとの報道もある。これも法定外福利厚生の見直しによって賃上げ原資の一部をひねり出したと見ることもできる。
それ以外にも初任給や賃上げ額について人件費の要素を改革して賃上げ額を増やす、あるいは増えたように見せる手法もある。具体的には以下の6つがある。
固定残業代などの(1)については、最近の初任給引き上げの報道でも目にする。明治安田生命は2025年度から全国転勤のある採用枠を対象に、現行の24万円から27万円に引き上げ、固定残業代を含めると29万5000円から33万2000円にするとしている。第一生命ホールディングスも2025年度から固定残業代を含めた総合職新卒社員の初任給を32万1410円から33万5500円に上げる予定とされている。
また、東京海上日動火災保険は2026年4月入社の初任給を改定し、転居を伴う転勤に同意した社員に現在の月額約28万円から最大で約41万円に引き上げると報道されている。日本企業で最も高いとされる、サイバーエージェントの初任給42万円(参照:東洋経済ONLINE「40万超も!『初任給が高い100社』ランキング)にしても、この中には固定残業代が含まれている。
募集要項を見ると、同社のビジネスコースは「42万円/月(年俸制504万円)」とあり、月給制職種の場合は「固定残業代の相当時間:時間外80時間/月、深夜46時間/月」と書かれている。もちろん基本給と固定残業代を分けているので問題はないが、初任給だけを見ると、金額の高さに目を奪われてしまう。
(2)については、大和ハウス工業が2025年4月から学卒初任給を10万円引き上げ、35万円とし、正社員も年収平均で10%引き上げると発表している。初任給の引き上げ率は40%にもなる。
ただし報道によると、賞与はこれまで平均4.9カ月だったが、3.7カ月分程度にするとされ、同社の吉井敬一社長は「業績給(である賞与部分)を縮め、安定をベースにしていきたい」と説明している(参照:ニュースイッチ「新卒初任給25万円→35万円、大和ハウス、年収10%引き上げ」)。賞与原資の一部を基本給に充当するわけだが、社員からすれば業績で変動する賞与よりも固定の基本給が上がるほうが嬉しいだろう。
(3)は賃上げの原資を若手社員に充当し、中高年社員の給与を抑制する手法である。例えば「平均賃上げ率7%」だとしても、若手の昇給率を高くし、中高年社員の昇給率を低くすることが一般的に行われている。
経団連の「2024年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」(2025年1月21日)では、ベースアップを実施した企業の具体的な配分方法を聞いている(複数回答)。
それによると、「一律定額配分」の企業が51.1%、「一律定率配分」企業は10.2%であり、全社員に平等に配分している企業はそれほど多くはない。「若年層(30歳程度まで)へ重点配分」の企業が34.6%と多いが、「中堅層(30〜45歳程度)へ重点配分」が9.4%と少ない。また「ベテラン層(45歳程度以上)へ重点配分」する企業はわずか1.1%にすぎない。若年層への重点配分の傾向はこの数年変わっていない。
賃金制度そのものを見直す(4)の企業も増えている。ジョブ型賃金は職務給と呼ばれ、欧米の主流の賃金制度だが、給与は担当する職務(ポスト)ごとに決まる「仕事基準」であり、職務が変わらない限り、賃金も固定されて変わらない「脱年功型」賃金でもある。逆にポストの職責を果たしていないと見なされると降格も発生する。
企業にとっては年功的に昇給する賃金を抑制できるだけではなく、ポスト(職務)の増減によって中期的に人件費を固定費から変動費化できるメリットもある。
例えば2022年10月に月給で平均4%引き上げたロート製薬も年齢給を廃止し、職務給重視の制度を導入している。同社の杉本雅史社長は「具体的には年齢給を廃し、職務給に重点を置いた。これまで年齢給と職務給の比率は3.5対6.5ぐらいだったが、どんな仕事をしているかで給与が決まるようにした」と述べている。
年齢給を廃止し、新たな職務等級に当てはめると給与が下がる社員も発生する。杉本社長は「一部の社員には給与水準が下がるケースが生じる。そこで移行期における減少分は補填する形にして、不利益変更にならないように意識した。ただ2年間の時限措置とし、本人に一つ上の職務レベルで仕事を担う覚悟を持って昇格に挑戦してもらうことを期待している」と説明している(参照:日本経済新聞「持続的な賃上げ実現には」2022年12月19日付朝刊)。
また、前出のみずほフィナンシャルグループは2024年度から「役割給」を導入している。役割給とは、求められる役割とは何かを定義し、役割と報酬がひも付いた仕組みであり、年齢や勤続年数に関係なく給与が決定するという点ではジョブ型に近い制度である。
(5)の年俸制とは、月給と賞与込みの年俸を本人の成果・業績によって毎年変動させる報酬体系のことである。したがって高い報酬をもらっても成績が悪ければ翌年に下がることもある。
前出のサイバーエージェントも年俸制を導入しており、入社時の初任給が高くても翌年の成績が下がると年俸も下がる可能性がある。また、年俸制までいかなくても、賞与の一定割合を成果によって増減させる企業は多い。
月給についても前出の経団連の調査では「人事評価・成果などに応じた査定配分」の企業が17.3%もある。つまり、ベースアップも一律に昇給させるのではなく、個人の成果の達成度に応じた評価昇給であり、成果を出せなければベアの恩恵を受けられない社員もいるということだ。
最後(6)の希望退職については、募集が2024年は1万人を超えた。しかも直近決算の黒字企業が6割を占めている。
こうした企業の中には大幅な賃上げに踏み切ったところも少なくない。例えば、2025年度に平均で約7%の賃上げを実施する前出の第一生命ホールディングスは、2024年11月15日に「50歳以上かつ勤続15年以上の社員」を対象に1000人の希望退職者募集を発表している。実際は1830人の応募があったそうだ。
第一生命は人員削減によって人件費を削減し、その分を新卒や中途社員の採用に充当し、“人材の入れ替え”による事業構造改革に踏み切ったということができる。
以上、6つの賃上げ原資を捻出する手法については、いずれかの組み合わせを実施している企業もある。賃上げ圧力が高まる中で、各社それぞれ総額人件費の高騰を防止するために知恵を絞っている姿が浮かび上がる。
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