NTTも……親子上場「解消ブーム」が意味するもの古田拓也「今さら聞けないお金とビジネス」

» 2025年05月16日 08時45分 公開
[古田拓也ITmedia]

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


 日本電信電話(NTT)が「親子上場解消」に動いた。

 5月8日、子会社NTTデータの株式のうち、42.3%を占める自社保有分以外の株式を約2兆3700億円で取得し、完全子会社化する方針を発表したのだ。

photo NTTも決断した「親子上場解消」 加速する流れはなぜ起きている?

 買収価格は1株当たり4000円で、交渉開始時点から67%のプレミアムを上乗せした大型案件である。これは2020年に行われたNTTドコモ完全子会社化に続く再編であり、NTTグループ内での親子上場の解消と再統合の流れが加速している。

 この動きは、かつての「機動力重視」「選択と集中」による分社化・持株会社化の潮流に一石を投じるものだ。

 むしろ、グループ全体の力を一体的に束ね、資源を集約する「大艦巨砲主義」への回帰とも言える。その背景には、国内市場の成熟やグローバル競争の激化、そしてガバナンス改革の進展があると考えられる。

 そもそも、日本特有の文化とも言える「親子上場」はなぜ多く、そして今、なぜ減っているのか。

日本特有の「親子上場」 なぜ増え、なぜ減っているのか

 日本市場における親子上場の例は、NTTとその子会社の関係に限らない。長らく、世界の市場と比べて突出して多い状態が続いていた。

 パッと思い付く範囲でも、通信大手の「ソフトバンクグループ」と子会社の「ソフトバンク」、「日本郵政」と「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命」、そして「GMO」系のグループ企業や「SBI」系のグループと、枚挙にいとまがない。

 親子上場には、子会社を上場させることで市場評価を得て、資金調達手段にできるなどのメリットがある。しかし同時に、両社の利益が必ずしも一致しないという根本的な問題がある。

 特に、親会社が子会社の議決権を相当保有している場合、子会社の経営判断が親会社の都合に左右される恐れがある。これが、いわゆる「利益相反」の構図である。

解消が進む制度的背景

 そんな日本の上場企業だが、東京証券取引所における親子上場のケースは、2020年に285件であったのが、2025年には212件と大幅に減少している。

 親子上場の解消が進む背景の一つに、少数株主の保護という目的がある。

 以前から親子上場を巡っては、親会社による子会社の「搾取」や少数株主の利益毀損(きそん)が指摘されてきた。

 例えば、2018年にソフトバンクグループが通信子会社ソフトバンクを上場させたことで約2.6兆円の資金を調達したが、その後、親会社はこの資金をもとにソフトバンク・ビジョン・ファンド事業におけるベンチャー投資を加速させた。

 そのため、上場通信事業会社としての「ソフトバンク」は、時にグループの“財布”ないし“ATM”とやゆされることすらあった。

 こうした流れを受けて、東証は2024年2月に上場規則の一部を改正し、上場子会社の独立性を確保するため、取締役会に占める独立社外役員の要件を厳格化し、親会社にはガバナンス報告書の開示義務を課すようになった 。

 また、経済産業省も「上場子会社に関するガバナンスの在り方に関する研究会」を通じて、親会社が上場子会社を誠実に取り扱うべき必要性を示唆している 。

 海外ではすでに、親会社による子会社の恣意的な経営行動に対して株主代表訴訟が認められる例があるが、日本では法的な問題になるケースはごくまれだ。とはいえ政府や日本取引所グループは、少数株主の保護の必要性を認識し、海外の機関投資家からガラパゴス的市場であると見なされることをリスクと考えているようだ。

 このような背景も近年の親子上場解消というトレンドを作り出していると考えられる。

分社化ブームの終焉と再統合の潮流

 そもそも、分社が広がったのはなぜか。

 2000年代以降、IT技術が発展途上だった当時、情報連携が難しく、本社が細かくあらゆる事業部門を統治するには限界があった。結果として、現場への権限委譲という形で分社化が進められたのである。

 上場、非上場企業問わず「〇〇ホールディングス」という名前の持ち株会社が増加してきたのも同じ頃のことだ。

 しかし、現在ではクラウドサービスなどデジタル技術の進歩により、各拠点や事業部門拠点をより統治しやすい時代となった。

 もはや「独立させなければ動かない」という状況ではない。統合しても柔軟な経営が可能であり、むしろ統合することで意思決定のスピードが加速し、パフォーマンスの最大化を図れるような環境になっている。

 実際、日立製作所は10年以上に及ぶ構造改革を進めた結果、2022年度に上場子会社がゼロになった。この間、多くの子会社を売却し、中核事業に不可欠と判断した一部子会社を吸収した。親子上場の解消だけが直接的な要因ではないが、その後、日立株は3倍以上値上がりし、業績向上と足並みをそろえる形で企業価値を高めていった 。

大企業は「世界との戦い」に備えている?

 このような再統合の裏側には、単に上記で検討したような制度的な圧迫だけがあるわけではない。大企業は世界との戦いに備えて、分散している組織を一つにまとめているのではないかという見方もある。

 日本の大企業は競争相手として狙いを定めるべきは、いまや国内の中小企業ではない。GAFAやテンセント、アリババといった世界的巨大企業である。

 これらの企業は、もちろん基本的に親子上場していないし、データ、資本、人材、研究開発などあらゆる経営資源を一体運用するという規模の力で世界市場を制している。

 NTTの動きは、そのような潮流に対抗するための布石として映る。もはや、縦割りのままでは太刀打ちできない。国内企業がグループ再編を進めるのは、身内同士の整理ではなく、グローバル戦を見据えた再布陣と捉えるべきだ。

進化した「大艦巨砲主義」へ

 企業グループの再集結は、戦前のような旧財閥スタイルの焼き直しではない。企業の“大艦巨砲主義”も、今やデジタルによって生まれ変わろうとしている。

 親子上場の解消と統合戦略は、内向きなガバナンス強化ではなく、外向きな競争力強化のための起点となる。統合によって意思決定は迅速になり、分散していた資本と人材は再び一つの旗のもとに集う。日本企業の再編は、世界との戦いに向けた「進化した大艦巨砲主義」への回帰である。

 このように、NTTグループの親子上場解消を皮切りに、日本企業では今後も一層、親子上場解消とグループ再編の動きが加速する可能性があるため、今後も注目しておきたい。

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