純金価格が高騰、プラチナは下落中なのになぜ? その原理に「経営者が着目すべき」理由古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」

» 2025年04月25日 09時30分 公開
[古田拓也ITmedia]

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


 純金価格の高騰(こうとう)が止まらない。

 貴金属取扱大手の田中貴金属によれば、純金価格はついに1グラム1万6885円を突破し、史上最高値を更新した。一方、同日のプラチナ価格は約1グラム4997円にとどまり、金との価格差は実に3倍以上にまで拡大している。

photo 出典:トレーディングビュー 金とプラチナの価格チャート

 純金とプラチナの長期価格水位を比較すると、2007年対比で金は421%も増加しているのに対し、プラチナの価格は24%下落している。図表を見ると、プラチナはリーマンショックやコロナショックといった金融危機の相場において強く売られているのに対し、金はそのような相場でも買われているという違いが見られる。

 一方で、金属の物理的な希少性だけで考えると、金がプラチナよりも高いのは異常だ。なぜなら、人類がこれまで採掘したプラチナの総量が5000トンから7000トンといわれているのに対し、金は18万トンから20万トンほど採掘されているからだ。

 市場に出回っている総量はプラチナの方が30倍も希少であるにもかかわらず、金がプラチナより3倍も高いのはなぜか。

金はなぜ常に買われるのか

 金価格が一貫して上昇基調にある背景には、いわゆる「有事の資産」としての性質だけでなく、景気好調期においても一定の実需を持つという、極めてユニークな需要構造が存在する点が挙げられる。とりわけ注目されるのが、金が産業用途としても確固たる位置を有しているという事実だ。

 例えば、2020年代に入り急速に拡大した半導体産業や情報通信機器分野において、金は重要な素材である。

 具体的には、スマートフォンやPC、データセンター用サーバなどの回路基盤における配線・接点部品、あるいはAIチップの接合材として、金は電導性・耐腐食性の点から適合している。

 結果として景気が好転し、IT投資や設備投資が活性化すれば、金の産業需要が増加する構造になっている。

 つまり、金は「有事には買われるが、好況時には売られる」という単純な構図には当てはまらない。むしろ、景気後退局面では安全資産として、景気拡大局面では工業需要として、異なるロジックで継続的な買いが入る資産である。この「二面性」こそが、金の価格を中長期的に支える安定要因となっている。

 一方、プラチナについては、このような景気二面対応型の需要構造が乏しい。

 プラチナは、自動車の排ガス浄化装置や石油化学分野の触媒用途など、特殊な産業用途が7割以上を占める。よって、景気後退やEVシフトによって産業活動が鈍化すると、価格も産業要因の下落圧力にさらされる傾向が強い。投資家にとっては、景気の循環に左右されやすい資産として位置付けられやすく、結果として「守りの資産」としての役割を果たしにくい。

 このように、金が投資資産として一段上の地位を築いている背景には、その多層的な需要構造があり、それが価格の下支え要因として機能しているのである。

金だけが持つ“共通認識”の力

 金が「有事の資産」として圧倒的な人気を誇るのは、それだけではない。

 より本質的には、人類の歴史上で金の価値に対する共通理解が強固に成立しているという点にあると考えられている。この現象を、経済学で「シェリング・ポイント」(Schelling Point)と呼ぶ。

 この概念は「相互に明示的な合意がなくとも、人々が自然と同じ選択肢に集まる」状況を指す。世界中の人々が「他の誰もが金を価値あるものと見なすはずだ」と考えるからこそ、いざというときに金へと資金が集中する。

 単に「量が少なければ安全資産」ということであれば、金より筆者のサイン色紙の方が希少なはずである。しかし、人はそのようなものに価値を見いださない。同様に、プラチナがいくら金より少なくても、そこに共通の価値認識がなければ「安全資産」の地位たり得ないのだ。

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 金は古代から現代に至るまで、国家を超えて価値の保存手段・交換手段として利用されてきた。加えて、国際通貨制度においても、一貫して「最後のよりどころ」として位置付けられてきた経緯がある。

 それは、金本位制が崩壊しても、中央銀行が金を保有し、買い増していることからも裏付けられる。

 2024年3月以降、中央銀行の金購入が過去最高水準となったことは記憶に新しい。各国が自国通貨の信認低下に備えて、金保有を積極化させた点も見逃せない。世界金協議会(WGC)によれば、中央銀行による金の純購入量は2023年に続き2024年も1000トンを超え、2年連続で記録的な買い越しとなり、2025年もその動きは続く可能性がある。

 これらの動きが金市場を一気に引き締めると共に、「中央銀行が必死になって買っている金」を安全資産として一層権威づけたのだ。

金価格の高騰は“高級化”の追い風ではない

 ではこの金価格の高騰を、企業は経営においてどう生かすべきか。景気やリスク要因に対するバロメーターとしての活用が考えられる。

 この点、金価格の高騰をもって「富裕層の消費意欲が高まっている」「高級品マーケットが活況」と判断してしまうのは早計である。

 むしろ、足元の環境で金が買われている背景にあるのは、2008年や2020年の経済ショック時と同様、経済や金融の不安定さに対する防衛的な心理の割合が高いと考えられる。消費全体の空気はむしろ「支出の選別」や「守りの消費」へとシフトしやすい状況にあると見られる。

 物価高騰や金利上昇、地政学リスクが重なる局面で資産運用機関はなるべくリスクの低い金にマネーを逃避させる。それは、企業活動が停滞し、業績が悪化することで株式などの価格下落を避けるためだ。

 企業の業績が悪化するということは、多くの場合、一般消費者の消費行動にも変化が生じる。具体的には、可処分所得の用途は嗜好品ではなく、必需品やコストパフォーマンスの高い製品に向かいやすくなる。

 企業は、金価格の動向を「リスクバロメーター」として活用することで、消費者がいまどの程度“将来不安”を感じているかを類推できる。

 金が過去最高値を更新する局面では、その買いは需要から来ているのか、逃避から来ているのか見極める必要がある。後者の場合、金の高騰は「景気リスクの高まり」のバロメーターとして作用する。

 そのため、目下では高級家電、外車、旅行などの商材よりも、実利志向の強い生活防衛型商品への関心が高まりやすいという形で整理すべきだろう。

 商品開発のトーンも、「贅沢(ぜいたく)」や「優雅さ」ではなく、「備え」「安心」「将来への合理性」といったフレーズが刺さりやすくなると考えられる。

 金価格の高騰を「単なる資産運用の話」で終わらせるのはもったいない。人々の不安心理、あるいは景況感の映し鏡として、その背後にある「兆し」を読み解くことができれば、経営の羅針盤として有効に作用するだろう。

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