NECは、「.JP(日本のサイバー空間)を守る」をスローガンに、日本のデジタルインフラの安全性を確保するため、サイバーセキュリティ事業を強化する。次の10月に日本に「Cyber Intelligence & Operation Center」(サイバー・インテリジェンス・オペレーション・センター)を開設する予定だ。2026年度以降、APAC(アジアパシフィック)、欧州、米国にも順次開設し、各拠点間を連動する推進体制を確立する。
5月8日に開催したNEC サイバーセキュリティ事業説明会に出席した森田隆之社長は「国内で最大規模のサイバーセキュリティ事業を推進することによって、日本のインフラの神経網となっているデジタルインフラを守りたい。まずはグローバル展開している国内企業が対象となります」と述べ、セキュリティ事業への強い意気込みを明らかにした。
NECは同日、サイバーセキュリティ事業をより強固なものにするために、KDDIと協業に向けた基本合意書を締結。KDDIが世界10カ国以上・45拠点以上で展開しているデータセンター事業「Telehouse」の知見などを活用して、サイバー脅威への対応を高度化するとしている。
中谷昇(なかたに・のぼる)1993年に警察庁に入庁。2008年にインターポール(国際刑事警察機構)の最高情報セキュリティ責任者(CISO)、12年にインターポールの初代総局長、19年に民間企業の最高情報セキュリティ責任者、24年5月にNECに入社、現在は執行役Corporate EVP兼CSO兼サイバーセキュリティ部門長兼NECセキュリティ社長。56歳5月8日にマスコミに内部を初めて公開したNECの「Cyber Intelligence & Operation Center」は、神奈川県川崎市に設置されている。
センター内のデスク上には、多くの大小のスクリーンが設置。世界中から24時間、アタックしてくる攻撃の数量や中身などを瞬時に把握、分析できるようになっている。センターの人員は明らかにしていないものの、デジダル分析の知見や経験が豊富なスタッフを100人以上の規模で多数配置するようだ。
10月に予定通りに稼働すれば、24時間、日本に対するサイバー攻撃を監視、分析して、攻撃があったときのインシデント対応から監督官庁への報告まで、包括的に支援できる体制を確保できる。その上で「日本のサイバー空間の安全性を実現したい」(森田社長)としている。
このセンターは、米国の政府機関が順守すべき高度なセキュリティ基準「NIST SP800-53」をベンチマークとした。サイバー攻撃の予兆把握を含めた適切な対応が可能になるとみている。
国内ではこの数年、地政学リスクの高まりもあって、企業や政府機関に対する攻撃が増加している。民間では2024年末以降、日本航空やNTTドコモなどで、システム障害が多発。政府も「重要インフラ」への攻撃として危機感を強めている。
2024年6月には、KADOKAWAがランサムウエアによるサイバー攻撃を受けて取引先や社内の個人情報まで漏洩し、業績に影響する事件が起きた。サイバー攻撃の件数は10年前と比べて20倍に増えているという試算もあり、官民では効果的な対策作りが急務となっている。
国際的にも2017年8月にデンマークの大手海運会社が攻撃を受けて積み荷の管理ができなくなり、多額の損害が起きた。2019年には米国南部のニューオーリーンズ市がランサムウエアの攻撃を受けて行政がストップ。非常事態宣言を出す事態になった。2020年9月、ドイツのデュッセルドルフ大学病院は、30台のサーバが暗号化されるサイバー攻撃を受けている。
政府も2024年あたりからサイバー攻撃の重大性を認識し、2025年2月にサイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」の導入に向けた法案を閣議決定した。法案が成立すれば日本のサイバーセキュリティ政策の転換点になると考えられている。NECはこの法案への対応を見据え、サイバーセキュリティ事業の拡大を目指す。
この法案は、サイバー攻撃に先手を打とうと、平時からサイバー空間の情報を綿密に収集、分析して、攻撃の予兆をとらえて、相手側のサーバに入り込んで攻撃を無害化するものだ。法制化を急いでいる。法案は4月8日には衆議院を通過しており、今国会での成立を目指している。
成立すれば、民間企業は基幹インフラが攻撃を受けたときは、予兆があっても、海外で起こったものも含めて「インシデント」として法律で報告義務が課せられる。いままではこうした義務はなかった。今後はこうした報告などをもとに、官民が一体となってサイバー攻撃をしっかりと監視しようとしている。
まさにサイバー攻撃を受ける前の段階で、予兆を察知して、相手側のサーバに侵入して攻撃できないようにする方法が「能動的サイバー防御」と位置付けられている。NEC中谷昇氏(執行役Corporate EVP兼CSO兼サイバーセキュリティ部門長兼NECセキュリティ社長)は「これは、サイバーセキュリティに関して新たなステージに入っており、われわれとしてはそこをサポートするのは新しい事業となると認識しています」と指摘した。
森田社長は以前から、NECの最重要分野としてAIとセキュリティを指摘してきていた。AIについては、2023年7月に独自の生成AI「cotomi」(コトミ)を開発。さらに昨年の5月に新たな価値創造モデルと位置付ける「BluStellar」(ブルーステラ)を発表し、軌道に乗ってきている。
もう一つの課題がサイバーセキュリティだった。2024年以来、官民への攻撃件数が急増していて、対策が急がれてきていた。2025年度のサイバーセキュリティの事業は500億円の売り上げを見込む。森田社長は「この数字は発射台であって、2026年度以降はKDDIとの協業、法案整備の状況などを見ながら伸ばしていきたい」と将来的に有望な領域だとみているようだ。
そこでセキュリティ分野のリーダーとしてインターポール(国際刑事警察機構)でサイバーセキュリティを取り扱う責任者となるなど、この分野に精通している警察庁出身の中谷昇氏をヘッドハント。NECのセキュリティ事業のトップ(最高情報セキュリティ、CSO)に据えた。
中谷氏はサイバーセキュリティについて、内外のリスクが拡大する中で、「これまで日本のサイバーセキュリティ対策を担ってきた、NISC(内閣サイバーセキュリティセンター)の役割も強化され、能動的サイバー防御のための法案も整備されようとしています。このため官民挙げてサイバー攻撃への対応能力を強化する必要があります」と力説する。
森田社長は国産AIでなければならない理由について「経済安全保障と国のデジタルインフラを守るということを、外国企業に依存している諸外国はほとんどありません。分からない技術に頼ってインフラを守ることはできません。100%の透明性を持って技術を把握していることが、デジタルインフラを守るうえで必須になります」と語る。
「いまのサイバーセキュリティには95%以上、AIが絡んでいます。これからはAI同士により攻撃と防御の戦いになる中で、このAIがどういう形で動くかということは全て把握しておかなければならず、それは国産でないとできません」と、国産の技術である必要性を強調した。
また中谷氏は、サイバーセキュリティ事業でのNECの強みについて(1)独自のインテリジェンス、(2)国産AIセキュリティ、(3)グローバル展開――の3点を挙げる。NECがこれまで積み上げてきた知見を生かしたサイバーインテリジェンス対策を提供できることに加えて、自社開発のAIを使って、AIが分析までする。「サイバー攻撃に対するリスクを可視化し、スコアリングして対応策を提言してくれます。これは国産AIを使っているからできることです」と利点を強調する。
中谷氏は、グローバル展開に関して「グローバル企業は、自社だけでなくサプライチェーンを含めた取引先全てがセキュリティ対策を取らなければならなくなっています。ネットワークによって、サプライチェーンや取引先はつながっているので、1カ所でも弱いところを突かれると、全てがダメージを負う構造になっています」と述べた。
「このためセキュリティレベルを、サプライチェーンや取引先も含めて同じレベルにすることをニュースタンダードにして、サイバー攻撃に対して防衛しなければなりません。こうしたグローバル企業に対して、日本と米国とEUにサイバー対策の監視拠点を置いて、2026年度より24時間体制『follow the sun』で、セキュリティ対応策が打てるようにモデルを作り、グローバル企業のニーズに答えたい。『.JP(ドット・ジェイピー)を守る』事業を通して、日本の政府と企業を守っていきたい」(中谷氏)
AIが人間に代わって意思決定をするような時代が到来する中にあって、セキュリティはいま最重要課題と位置付けられている。システム障害などが発生すると、全ての経済活動がネットワークでつながっているため、予想以上の大損害を被ることになる。このため、重大なシステム障害を引き起こしかねないサイバー攻撃に対しては、最大限の防御態勢を敷いておく必要がある。
NECがこのビジネスに重点を置こうとしているのは、時代の流れに沿ったもので、先行者利益が期待できそうだ。
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