こうした仕事の変容が進む中で、各社が直面するのは「空席と空時間が突如生まれるが、それをどう再投資し、どのように人を配置転換するか」という経営上の課題です。
いわゆる「リストラ」だけで終わらせると、企業自体の成長力が削がれてしまう恐れがあります。そうではなく「浮いた人材こそ、次の新規事業や高付加価値領域へ向かう原動力」に変えるための仕組みがカギとなります。
一部の企業で概念的に取り入れているのが、業務を「消滅領域」「拡張領域」「創造領域」に切り分ける考え方です。
消滅領域で生まれる人材を、拡張領域や創造領域へどうシフトさせるかが勝負の分かれ目となります。
先述のDeNAや清水建設はまさに消滅領域や拡張領域を思い切りAIに任せ、そのぶん社員を新規ビジネスへ動かすことで、AI投資が企業価値向上に直結する構造をつくっています。
この3領域モデルをさらに企業組織に落とし込む際には「L1:業務効率化プラットフォーム」「L2:既存事業の高付加価値化」「L3:戦略的ニュービジネス」という階層で定義する方法が用いられます。例えば、下記のような分類です。
重要なのは、既存の企画部門などをL3へ押し上げ、その後釜としてリスキリングした中堅や若手をL2へ配置し、ルーティン業務に従事していた層を短期研修でL1(業務効率化推進)へ回す――といった“玉突き”が計画的に起きるよう、最初に全体の組織ポートフォリオを示すことです。
実際に人材再配置を円滑に進めるためには、適切なリスキリング施策が欠かせません。多くの企業で採用が進むのは、ブートキャンプ式やOJTハイブリッド式の段階的育成です。
ここで経営や人事が注意すべきは「社員をフェーズ分けして投資する前に、そもそもの組織ポートフォリオをどう変えたいかを経営トップが明確化しておく」ことです。
ゴールが曖昧(まい)なままリスキリングを進めても、社員にとっては「一体どこに行き着くのか?」が不透明でモチベーションを保ちにくいため、結果的に研修離脱や早期退職を招きやすくなります。
管理職や中堅層がAI活用を十分理解しないままでは、新人や若手を正しく指導できません。加えて、AIが生み出すアウトプットを評価・フィードバックする基準をどう設計するかも課題です。
例えば「AIが作った資料をそのままコピペしていないか」「社内秘情報を外部APIに流出させていないか」「AIには生成できないオリジナルの価値をどこまで加えているか」など、従来なかった評価指標が必要となります。
よって、まずは指導側のリスキリングと評価体系の整備が重要です。
AIやプログラミング、データ分析に興味を持つ一部の社員(いわゆる自走層)は急速にスキルを伸ばしますが、大半の社員がそこに追随できない可能性があります。
企業としては「ピアレビュー」(互いの成果をたたえ合う場)や「学習コミュニティー」での事例共有を活性化し、短いサイクルで成功体験を得られるようにする工夫が求められます。部署横断の「プロンプト勉強会」や社内ハッカソンを開催し、楽しみながらスキルを底上げする文化を醸成することも有効です。
せっかく若手・中堅が高付加価値業務に必要なスキルを身につけても、受け皿となるDX部門や企画ポストが限られているとモチベーション低下につながります。
ここでカギとなるのが「玉突き」の考え方です。既存の企画・リーダー層をさらに上位の戦略職(より経営に近いポジション)へ押し上げることで、「空いたポスト」にリスキリングした社員が入る余地が生まれます。
経営サイドはトップポジションから順に高度な仕事を増やし、組織全体を「階段を一段ずつ上がる」イメージでスライドさせていく必要があります。
AIに頼りすぎると、実際の顧客接点や現物を見ないまま資料だけで完結し、机上の空論になるリスクがあります。
例えば新人がAIでビジネスプランを作って終わり、という状況では、実際の顧客課題を肌で感じる機会がなく、本質的な課題設定力が身につきません。
従って、研修やOJTにはフィールドワークを必須にするなど、デジタル×身体性の両輪を守る設計が欠かせません。
AIが定型的な情報収集や文書作成を担うほど、人間の仕事は「AIに指示を与え、何を問い、どう価値に変えるか」に集中します。
結果として、組織は突然のように「空席と空時間」を抱えることになり、それらをどこへ再投下するかが企業の死命を制するでしょう。
また、AI導入の先にある人材再配置とリスキリングの青写真をあらかじめ描くことが肝要です。
成果を上げる企業は、「AIを導入すれば自然に生産性が上がるだろう」という他力本願ではなく、「AIによって空いた人材こそが新たな価値を生む中核になる」と考え、具体的なロードマップを設計しています。
今後は、AIは企業にとっての「コスト削減ツール」ではなく、「人材再投資の呼び水」であると捉えるかどうかが、競争力の分水嶺となり得ます。
AIをいかに導入し、いかに組織を変え、いかに人材を生かすのか。その決断をリードするのは、ほかでもない経営トップと人事の戦略的な意志と言えるでしょう。
GrowNexus代表取締役
デロイトトーマツコンサルティングにて14年間のコンサルティング経験を経て、GrowNexusを設立。
多様な業界の大手企業・官公庁・自治体に対し、人事・組織改革、新規事業創出、業務効率化の戦略策定から実行・伴走支援まで幅広く手掛ける。近年はDX推進に加え、デジタル人材戦略から採用・配置・育成・評価・処遇に至る一貫した支援を実施。経産省・IPAのデジタルスキル標準策定も支援しており、デジタル時代の人材・リスキリングに特に強みを持つ。GrowNexusの代表として、伴走・成長支援型のサービスと、テクノロジーを融合した新しいサービスを提供。
著書に『未来のキャリアを創る リスキリング』『地銀”生き残り”のビジネスモデル 5つの類型とそれらを支えるDX』『働き方改革 7つのデザイン』他。
パナソニックHD、人事業務にAI活用 50人分の工数削減、その舞台裏は
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