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転職活動を「5年に1度はしてみる」──AWSテックリードが“IT業界の女性に伝えたいこと”

» 2025年02月04日 11時45分 公開
[仲奈々ITmedia]

ITmedia デジタル戦略EXPO 2025冬

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【注目の基調講演】次なるステップへの挑戦:AIを活用したKDDIの経理オペレーション業務改革

 マネジメントと専門性の両立、キャリアチェンジ、技術者としての歩み方……。仕事も働き方も多様化している現代、自身の在り方について悩む女性は多いだろう。自分らしく働き続けるためには、どんなキャリアを歩めばいいのか。そのためには、どんな選択肢を取るべきなのか。

 大手外資ITに新卒入社し、アプリケーションエンジニアとしてキャリアをスタートさせた杉中礼氏。同社でリーダーやマネジャーとしても活躍していたが、45歳のときに20年以上勤めた会社を退職し、現在はアマゾン ウェブ サービス ジャパン(以下、AWSジャパン)で、小売消費財業界のテクノロジーリードとして企業のDXを技術面から支援している。

 マネジメントを経験後、再び現場に戻ることを選んだ杉中氏に、多くの選択肢の中から自分の道を選ぶヒントを聞いた。

photo アマゾン ウェブ サービス ジャパン エンタープライズ技術本部 流通小売・消費財グループ シニアソリューションアーキテクト 杉中礼氏

化学専攻から飛び込んだ“未知のIT業界” 

 新卒から20年以上、IT業界の第一線で活躍を続けてきた杉中氏。しかし、学生時代は全く異なる応用化学の分野を専攻していた。

 「研究職も面白かったのですが、就職をするなら『人と関わる仕事をしたい』と思って。幅広く企業を見る中で、これから伸びていく分野としてITに興味を持ちました。だから、ITを学び始めたのは入社してからなんです」

 杉中氏がIT業界に足を踏み入れた2000年頃は、アプリケーションとインフラがそれぞれ独立していた時代。大手外資IT企業に入社後、アプリケーション開発を行うSEとして働き始めた。主な業務は、クライアントの要望をヒアリングし、アプリケーションの設計・開発を行うことだった。

 「IT業界は、どんどん新しい技術が生まれます。新しいことを覚えたり、試したりするのが楽しくて、当時は時間がたつのも忘れて開発に没頭していました」

良い開発には「良い質問」が必要

 新人時代は苦労することも多かったと振り返る。

 「若手の頃は、お客さまや先輩たちから『杉中さんは、何が聞きたいか分からない』とよく言われていました。『ただ技術を磨くだけでは、良い開発はできない。良いアウトプットを出したいなら良い質問をしないといけない』と学んだんです」

 現在はコミュニケーション力を武器に、顧客のDX支援に従事している杉中氏。試行錯誤しながら武器を身に着けていく過程では、何を原動力にしていたのか。

 「『この会社のこの事業は、どんな仕組みで利益を上げようとしているんだろう』『この事業が目指すゴールはどこなんだろう』と考えるのが楽しくて! 好奇心から生まれた疑問をきっかけに、どんどん深い話ができるようになりましたね。お客さまや先輩に言われた通りに手を動かすだけでなく、その“一歩先”の支援ができるようになった気がしています」

 好奇心が、新たな技術や知識との出会いにもつながっていった。

 「気になる技術があれば、直接仕事には関係ないことでも勉強したり試したりしていました。その知識のおかげで新しいプロジェクトにアサインされることもあり、結果として自分の可能性を広げることができましたね」

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リーダーとして感じた“個人技”の限界

 好奇心が、自分の幅を広げてくれる。そう確信した杉中氏は、「やりたい」と思ったことにはどんどん挑戦をしていった。その結果、入社4〜5年ほどで、20人程度のチームリーダーを任されるように。当時は「メンバーに任せるのではなく、経験の多い自分が手を動かした方が品質や納期を守れるなら、自分がやる」というスタイルだったという。

 少しずつチームの規模が拡大していき、100人以上の大規模チームのリードアーキテクトを任されたとき、それまでのやり方では通用しなくなってしまった。

 「規模が大きすぎると、当たり前ですが私が手を動かすだけではどうにもならない場面が増えてきて。大規模プロジェクトを成功させるには、メンバーみんなで同じ方向を向いて、それに向かって行動する必要があります。そのためには、これまで私がやってきた個人技ではなく、明確なガイドラインやレビューの手法など、チームがまとまって動く『仕組み』が必要だと気づいたんです。この経験は、プロジェクトやビジネスを技術だけでない広い視点で捉え、戦略を立てる基礎になりました。今の仕事でも役に立っていると思います」

「5年に1度は転職活動してみる」

 杉中氏は「5年に1度は転職活動する」ことを決めているという。これは、大学時代の恩師からのアドバイスがきっかけだった。

 「『自分のスキルや経験が社会の役に立つものなのか、客観的に見つめ直す機会として、常に転職活動をしなさい』と言われました。転職活動でさまざまな会社の話を聞いて、『今の会社で働き続けたい』と思えるなら、今の仕事へのモチベーションアップにもつながる。その言葉通り、社会人になってから5年に1度は転職活動を続けてきました」

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 杉中氏がIT業界に飛び込んで約20年がたった頃、業界にも変化が起きはじめていた。クラウドサービスの普及によりアプリケーションとインフラが独立していた時代から、その境界がシームレスな時代に突入しようとしていた。

 「前職では、アプリケーションアーキテクトとして一定の評価をいただけるようになっていました。一方で、エンジニアとしてこれからもキャリアを積んでいくなら、専門の幅を広げていく必要があると考えてもいて。そこで、時代の流れから『クラウドを触れるようになれば、もの作りの幅が広がるんじゃないか』と考えたんです」

 そんなときに縁があったのが、AWSジャパンだった。同じ業界内での転職とはいえ、アプリケーションとクラウドでは、必要な知識も技術も異なるはず。また、社内で築き上げた信頼もゼロから構築しなければいけない。転職に不安はなかったのだろうか。

 「そのとき私は45歳。定年までは、まだ20年もあります。これまでの20年でアプリケーションアーキテクトとして一定の評価を得られたのだから、次の20年で新しいことを始めるのもいいんじゃないか。次の20年で、私のまだまだ可能性が広がるのかと、むしろワクワクする気持ちの方が大きかったですね」

インフラの知識はなくとも、経験は生きた

 2020年3月にAWSジャパンに入社した杉中氏は、ソリューションアーキテクトとしてAWSを活用したソリューションの提案から実行までを技術面で支援してきた。

 2024年からは新たに小売消費財業界のテクノロジーリードとして、担当企業の枠を超えて業界全体を横断的に支援する役割も担っている。第一線で活躍する専門家として、業界のテクノロジートレンドの紹介や、業界向けソリューションの検討など、幅広い領域を手掛けている。

 しかし、入社後は苦労の連続だったと打ち明けてくれた。アプリケーション開発の経験は豊富でも、インフラの知識はほとんどない。アプリケーションとインフラの境目のないクラウドの世界で、一からの学び直しを迫られた。

 「久しぶりに教科書や参考書を買って勉強しました。でも、勉強自体が久しぶりすぎて、最初は『勉強のやり方』から四苦八苦しましたね」

 しかし、その苦労は思わぬ形で生きることになる。

 「クラウドの知識がないお客さまへの説明方法や、新しいシステムの導入順序など、よりお客さま目線での提案ができるようになりました。また、20年かけて培った『お客さまとのコミュニケーション』や『プロジェクト全体を見渡す視点』といったソフトスキルは、現職でも非常に役立っています」

引き返せないような人生の選択はない

 現在、技術者として第一線で活躍する傍ら、女性のリーダー育成を目指すNPO法人への参加やダイバーシティに関する活動にも取り組んでいる杉中氏。その中でも特に多い相談は「このままエンジニアを続けるか、マネジャーになるか」というキャリアの選択に関するものだという。

 女性の生き方も働き方も、選択肢が増えた現代。だからこそ、どんな選択をすれば自分らしく生きていけるのか、そもそもどんな可能性があるのか分からず悩む人も多い。杉中氏はそんな相談を受けた際、「Two-Way Door」の考え方を紹介しているという。

 「直訳すると『双方向に開くドア』。一度開けてもまた違う方向からドアを開けることができる、つまり『後でやり直しがきく決断』という意味を持つ言葉です。私は、引き返せないような人生の選択って、そうそうないと思っています。だから、マネジャーを打診されて少しでも興味が湧いたなら、気軽に試してみたらいいんじゃないかなって。その先には、Two-Wayどころではなく、いろんな道が広がっているかもしれません。

 私自身、これまでのキャリアの中で何度かマネジメント職を経験してきました。その経験があるからこそ、今は『エンジニアとしてのキャリアを優先したい』と、マネジメントロールへ進まない選択をしています」

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 チャレンジすること自体に不安を感じる人には、こんな例え話をする。

 「ハイヒールのヒールを1センチ高くすると、最初は痛くて普段通りに歩けない。でも不思議と慣れてきて、自然と背筋も伸びて、歩き方もかっこよくなりますよね。どうしても合わなければ、前の高さに戻せばいいだけです。チャレンジするって、いつもより少し高めのヒールを履くことと同じだと思うんです」

 人生もキャリアも多様化が進む中、「これが正解」というロールモデルを見つけることは難しい。そんな中、杉中氏は独自の視点を示してくれた。

 「私は特定の一人をロールモデルにするのではなく、さまざまな人の『この人のここを見習いたい!』と思う部分を組み合わせた、自分だけのスーパーマンをロールモデルにしています。女性の働き方が多様化している今、一人の完璧なロールモデルを探すのは難しい。だから私は『ロールモデルのつまみぐい』をおすすめしています」

 多様な選択肢があるからこそ迷いが生じる時代。しかし、その選択に「正解」はない。大切なのは、自分の興味や可能性に向かって一歩を踏み出すこと。杉中氏の経験は、キャリアに悩む人々へのヒントとなるはずだ。

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