宮崎県都城市、北海道北見市といえば、全国でも有数のDX先進自治体だ。両市とも、優れたDX事例を表彰する「日本DX大賞」の受賞歴があるなど、その取り組みに全国の自治体から注目が集まる。
そんな両市に共通するのが、
――という視点だ。
6月4〜6日に東京ビッグサイトで開かれた展示会「デジタル化・DX推進展」(ODEX)において、両市の担当者が特別講演で語った自治体DXの進め方について紹介する。
「ルンバは散らかった部屋では動かない」――。
ものが散らかり放題の部屋ではお掃除ロボットが動かないように、整理されていない業務にデジタルを組み入れても機能しない、という意味だ。都城市デジタル統括課の佐藤泰格さんはこのように表現し、DXの前にBPRに取り掛かることの必要性を訴える。
自治体の現場では、DXという言葉が先行しがちだ。
しかし、実際には「デジタル化が足し算になり、職員の負担を増やすだけの例が多い」と佐藤さんは警鐘を鳴らす。人口減少や少子高齢化で職員数の確保が難しくなる一方で、国の制度改正や新たな住民サービスの追加で業務は増え続ける。こうした中で、既存のやり方を温存したままデジタルツールを導入しても、真の効率化にはつながらない。
「人が減るのは確実なのに、仕事が増える。だからこそBPRで業務自体を見直さないと、誰も救われない」と佐藤さんは強調する。
都城市が進めるBPRは、単なる業務手順の整理にとどまらない。不要な手続きや非効率な規則を廃止し、役所に根強い縦割り構造を打破することを含む。こうして初めて、デジタル化の効果が最大化する。
例えば、窓口に訪れた住民が記入する書類では、同じ情報を何度も転記する手間が多く、これが住民にも職員にも負担を強いていた。そこで都城市は、業務フローをゼロベースで見直した。住民が記入する書類から、市がすでに情報を保有している項目(ふりがなや生年月日、連絡先など)を削除。また、住民票・印鑑登録証明・戸籍証明に関する申請書など、同時に申請することがある他の手続きの書類様式を統合し、重複する項目を削除した。
こうした地道な見直しの結果、書類の記入時間が大幅に削減され、窓口の待ち時間も短縮。職員の業務負担も軽減され、空いた時間を市民対応や他の業務改善に活用できるようになった。
都城市では、まず50人規模の職員がBPRを通じて業務を改善し、成果を体感した。すると、自ら考え行動できる職員が増え、前例踏襲の文化が徐々に崩れ始めたという。「最初の成功体験が、組織全体のマインドを変える。デジタルだけでは人は変わらないが、BPRは人の意識を変える力がある」と佐藤さんは語る。
一方で、BPRにも落とし穴があると佐藤さんは指摘する。「全部の業務を一斉に見直すと、職員が疲弊してしまう」。そのため、まずは業務量が多いもの、新規に始めるものなど、インパクトが大きい業務から段階的に着手することが現実的だ。
最初から100%の理想の姿を目指すべきではないのもポイントだ。「100%の完璧さを求める『デジタル警察』になるのではなく、今よりよい姿を目指して改善を進めていくことが重要」(佐藤さん)
人口減少に伴い、自治体間の人材獲得競争は既に始まっている。採用倍率の低下は顕著で、「これからは自治体が採用したくてもできない時代になる」(佐藤さん)。職員が自発的に挑戦できる環境を整え、「選ばれる職場」を作ることもBPRの大きな目的だ。
佐藤さん「BPRはデジタル化のきっかけであり、デジタル化を機能させる仕組みでもある。『業務改革なくしてDXなし』をぜひ共有してほしい」と訴えた。
都城市と同様、北海道北見市も、DXの前にBPRに着手することを心掛けている。
北見市は厳しい財政状況を抱えながらも、全国に先駆けて「書かない窓口」の実現に取り組んできた。北見市窓口課の太田裕介さんは、「DXの落とし穴とは、デジタル化そのものを目的化してしまうこと」だと話す。「とにかくシステムを入れる」という考え方では現場に浸透せず、結果として住民サービスの向上にはつながらない。
北見市はこの失敗を避けるために、まず徹底的なBPRを行った。
具体的には、窓口業務を「紙とハンコ中心」から、データを活用して職員が住民の手続きを一括で進める形に再構築した。住民は窓口で紙の申請書を書かなくてもよくなり、本人確認をした後は住民情報データベースを参照して必要な手続きをその場で職員が処理。この「書かない窓口」は2016年に運用を開始し、現在では全国の多くの自治体が視察に訪れるなど評価を受けている。
北見市は単なるIT導入ではなく、以下のポイントを押さえてDXを進めた。
住民サービス向上と職員の負担軽減というゴールを明確化。
一気に大規模システムを導入するのではなく、現場で試しながら徐々に拡張。
職員が主体となって業務課題を洗い出し、地元のITベンダーと共同開発。
DX人材が不足しがちな自治体だからこそ、専門企業と連携しノウハウを補完。
推進役となるリーダーを中心に、部署横断のチーム体制を構築。属人化を防ぎ、継続可能な仕組みを整備。
こうした工夫により、北見市では、複雑な手続きを窓口一つで完結でき、住民の移動や記入の負担を大幅に削減。受け付けたデータはRPAや他の業務システムと連携して二重入力を不要にし、業務の効率化にもつなげている。
北見市の経験は、「DXの成功に魔法のツールはない」ということを物語る。必要なのは、現場の業務を地道に可視化し、デジタル化に適した形に作り替えること。システムはその後からついてくるものであり、むしろ現場でのBPRこそがDXの成否を決めると言える。
北見市は、地域のIT企業と連携しながら、住民と職員の双方が「幸せになるDX」を目指して改善を重ねていくと話す。
「デジタルありき」ではなく、「業務の再設計」を最初の一歩とする――。都城市と北見市が示した現場主導のDXには、多くの自治体が学び取りたい要素が詰まっている。
この記事を読んだ方に 老舗メーカー、驚異の全社DX
厨房機器の製造・販売を手がける中西製作所は、5代目社長の就任を機にDXへと大きく舵を切りました。非IT企業でありながら、なぜここまで全社的にデジタル活用を浸透させられたのか──。背景にある「トップの哲学」と、「横展開が進む仕掛け」とは?
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