東京都におけるDX推進の司令塔を担う「GovTech東京」が、行政デジタルサービスの「内製化」に向けて舵を切り始めている。
2月に提供を始めた「東京アプリ」は、内製開発した都の公式アプリだ。都が開くイベントに参加すると、買い物などに使えるポイントを獲得できるほか、将来的にはさまざまな行政手続きをスマホ一つで完結できる世界を目指す。
都副知事でGovTech東京の理事長を務める宮坂学氏は、ベンダーに丸投げだった従来の在り方を見直し、「自分たちで作った方がいいものは自分たちで作る」と意気込む。
そもそも、行政DXにおいて、なぜ「内製化」を進めなければいけないのか。内製化のメリットとは――。
「スマートフォンの中に、都や市区町村を引っ越しさせます」「民間の皆さんからすると今ごろか? と言われるかもしれませんが、今ごろです。今からやります」
5月19日、宮坂氏はGovTech東京が開いた「ガブテックカンファレンス」に登壇し、こう抱負を語った。
民間から行政の世界に飛び込んで約5年。「最初は副知事室にWi-Fiがなく途方に暮れた」と振り返るが、今では行政職員とエンジニアがタッグを組めば、“巨大な変化”を起こせると確信している。
その象徴が、東京都が進める行政サービスの「内製化」だ。従来のようにシステム開発をベンダーに一任するのではなく、行政職員とエンジニアが一体となってサービス設計に取り組む。
宮坂氏が示した具体的な事例の一つが、魚市場における食品衛生検査のデジタル化だ。以前は担当職員が魚の判別に図鑑を片手に奔走していたが、今ではタブレット端末に図鑑や過去事例を集約し、即座に判断できるようになった。こうした“現場密着型”の改善は、見えにくいが行政の本質に関わる領域であり、効果も大きい。
また、コロナ禍で構築した「東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト」は、行政職員とエンジニアが協働で立ち上げた初のオープンソースプロジェクトだ。結果として全国67の自治体が同様のサイトを派生開発し、GitHubには2000件を超える改善提案が寄せられた。技術と行政の連携が新たなエコシステムを生み出した成功例と言える。
こうした流れの中で、2月にリリースした「東京アプリ」は、規格・UI設計、フロントエンド開発、バックエンド開発、継続的運用――の各種フローを内製で開発を進め、行政手続きのデジタル完結を目指す。
そもそも内製化の目的は何なのか。内製化を実現すれば、どのようなメリットがあるのか。
GovTech東京のエグゼクティブアドバイザーに就任したプロダクトエンジニアの及川卓也氏は、この日登壇したカンファレンスで、外注依存の弊害として以下の3点を指摘。
現在はモノが足りない高度経済成長期ではなく、何が必要か分からない時代。顧客の潜在的なニーズを探し出し、解決策を提示するために、次から次へと仮説を提示しないといけないのに、外部に開発を任せていたら何カ月もかかってしまう。
言われたまま、内容を理解せずに、委託先が決めた要件で開発が進み、納品をもって委託先の業務は終わる。納期に間に合うことが最大の優先事項となる。社内と委託先の責任境界線があいまいで、リスクを取らず無難な選択をしがちに。これでは世界と戦えない。
外部に開発を丸投げするため、社内にノウハウがたまらない。IT業界は人材の流動化が進んでおり、その人材が5年、10年先もいるとは限らず、社内にも委託先にもノウハウがないという状況が生まれかねない。
こうした弊害を解決するのが「内製化」だと及川氏は強調する。
一方で、全てを内製化するのは現実的には難しい。そのため「何を内製化するかというところを、戦略的に考えなければいけない」と及川氏は指摘する。
具体的には、開発設計の「頭脳」に当たる部分と、素早い仮説検証が必要な部分は、アウトソースではなく、内製化が必要だと説明する。
また、内製化のメリットとして、GovTech東京CTOの井原正博氏は「デジタル公共財の再利用可能性」を挙げる。
「都庁DXを都全体から全国の自治体へと波及させたいと考えたとき、デジタルの良さは、コピーにコストがかからない点にある。東京で作ったものは沖縄でも動く。コピーすれば開発コストは圧倒的に下げられるのに、各自治体がコストをかけて毎回作ってしまっているのが現状」(井原氏)
内製化すれば都がライセンスを握ることになるため、全国の自治体に都発のシステムを広げることができる。外注したシステムだと不可能だ。
宮坂氏は内製化の重要性を強調するとともに、「プロの買い手」も目指したいと話す。
「システムベンダーから購入するケースは今後もある。その際に『よく分からないから全部お任せします』ではなく、『パートナーとして一緒にやりましょう』という高いレベルに生まれ変わりたい」(宮坂氏)
自分でつくる「Build」をメインとしながら、プロの買い手「Buy」となる二刀流を目指す――。これからさまざまなサービスが実装される「東京アプリ」が、その試金石となりそうだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング