川口弘行合同会社代表社員。芝浦工業大学大学院博士(後期)課程修了。博士(工学)。2009年高知県CIO補佐官に着任して以来、省庁、地方自治体のデジタル化に関わる。
2016年、佐賀県情報企画監として在任中に開発したファイル無害化システム「サニタイザー」が全国の自治体に採用され、任期満了後に事業化、約700団体で使用されている。
2023年、公共機関の調達事務を生成型AIで支援するサービス「プロキュアテック」を開始。公共機関の調達事務をデジタル、アナログの両輪でサポートしている。
現在は、全国のいくつかの自治体のCIO補佐官、アドバイザーとして活動中。総務省地域情報化アドバイザー。公式Webサイト:川口弘行合同会社、公式X:@kawaguchi_com
こんにちは。全国の自治体のデジタル化を支援している川口弘行です。
今回は自治体における「デジタル人材育成」をテーマにして、一緒に考えてみましょう。実は、この原稿を書いているのは、ある県庁からの帰り道のバスの中です。
今日は県と県内市町村を含めたデジタル人材育成や人材確保の仕組みを確立するために委託事業者を選定する必要があり、そのプロポーザル審査の審査員をしていました。
余談ですが、プロポーザル審査の際には自分のPC(ちょっと性能のいいヤツ)の中に構築した、ローカルLLMとファイル読み取りや画像解析の仕組みを使って、事業者からの提案書を生成AIで分析する、ということもやっていました。
この分析結果を見ながら事業者のプレゼンテーションを聞くことで、提案内容を深く理解し、適切に評価できたと自信を持っています。この仕組みについては、6月4日から6日に東京ビッグサイトで開催される「デジタル化・DX推進展(ODEX)」で展示する予定です。
2024年あたりから、デジタル人材育成や人材確保に関する事業が各自治体から公示されています。
この背景には、総務省が掲げた「自治体DX推進計画」で人材の確保・育成が重要視されていることや、令和5(2023)年12月に策定された「人材育成・確保基本方針策定指針」において、計画的な人材確保・育成の必要性が示されていることが挙げられます。
※デジタル人材の確保・育成(総務省HP)
ざっくりいうと、この資料の中では、現職の公務員にデジタル技術に関する知見をビルトインして、デジタル人材というラベルをつけることを「育成」と呼んでいます。また、民間で情報システムに関わる仕事に従事していた人を自治体で雇用、任用することを「確保」と呼んでいます。
さらに、育成する場合は、職員各人の現状および目指すべきスキルレベルを定めたうえで、段階的に目標を定めて育成計画を立てていきましょう、ということが書かれています。
広義では私もデジタル人材の一員であり、この定義に従えば「確保」された立場です。総務省の資料を見ながら、「私はどのようにして確保・育成されたのか」と考え込んでしまいました。正直、かなりモヤモヤしています。
私は大学卒業後に就職したIT企業を退職した後、行政書士として事務所を運営しつつ、ベンチャー企業でソフトウェア開発のマネジメントを担当していました。さまざまなプロジェクトに参加し、失敗も経験しながら波乱の日々を過ごしていたところ、偶然の巡り合わせで、ある自治体のCIO補佐官に任命されました。
今思い出してみると、着任した時、新規採用職員のような研修も受けさせてもらえず、「分からないことは部下である係長に聞いてくれ」という状況だったように思います。
職員が話している用語も最初は全く理解できませんでした。元々行政書士だったので行政法も学んでいましたし、法律用語も知っているのです。ただ、私が学んでいたのは物権や債権、行政上の権利に関する概念ばかりで、行政事務に関する知識はゼロでした。
デジタル技術については、当時の私の知識でも通用する状況でしたが、総務省の資料にあるようなスキル標準には到達していない状態でした。
もちろん、その後、さまざまな経験を経てキャッチアップしていくのですが、スキルレベル以前の話として、システム導入を受託する経験はあっても、発注する経験はありませんでした。予算の見積もり精査でも、受託者の感覚で工数を削減した結果、事業者から「勘弁してください」と言われたこともあり、これが私の黒歴史の一つです。
つまり、「確保」も「育成」も限定的であるということでしょう。「確保された人材の育成」という概念は最初から抜け落ちています。
また、育成はデジタル技術に限定され、他の業務に必要な分野の育成は、この枠組みには含まれていません。このあたりは少し根深い問題なので、機会を改めて考えますが、簡単に言うと通常の人材育成は人事課が主担当であるにもかかわらず、デジタル技術だけは情報政策部門やデジタル変革部門が担っており、互いに整合しているわけではないのです。
このような経験があるため、デジタル人材をテーマに語る際には「自治体職員のスキル構成」のようなものを元に目線を合わせておかないと議論がかみ合わないのではないかと考えるようになりました。
私は公務員のスキルは3階建てになっているのだと考えています。
まず、1階部分です。これを「ビジネスパーソンとして必要なスキル」と名付けています。職員は公務員である以前に社会人(ビジネスパーソン)です。そして、そこで求められるスキルには、
――などがあります。言い換えると、これらは公務員を辞めても必要なスキルです。
では、これらのスキルはどこで得るのでしょう?
昔は余裕があったせいか、企業でも自治体でも社内教育(OJTを含む)でこのあたりのスキルは鍛えられていた気がしますが、もはやこれらのスキルを体系立てて学ぶ場というのは失われてしまっているのではないでしょうか?
一方、これらのスキルこそ、仕事の品質、ひいては職員の業務遂行能力に大きく影響を与えているのではないかと考えます。学ぶ場がない以上、これらのスキルの差は個人の資質(ポテンシャル)の差であるとも言えます。言い換えると、個人の資質だけで職員間の能力に差がついてしまっているようにも感じます。
職員定数が削減されていく中で、これまで以上の成果を挙げなければならないとすると、デジタル人材としての育成以前に、社会人としての育成が必要なのではないか、というのが私の考えです。
そして、1階部分が充足できたとして、その上の2階部分を「公務員として必要なスキル」と名付けています。これは言い換えると「役所の中でどの部署に行ったとしても必要なスキル」ということです。
例えば、
――などがこれに該当します。
これらのスキルはどこで得るのでしょうか? 組織の中で役立つスキルですので、職員になってから研修などで得ていくことになるのが一般的です。
ただ、実際にその研修は機能しているのでしょうか? スキルが単なる知識ではなく「何かを成し遂げる能力」だとするならば、現在の研修はその能力獲得を保証できているのでしょうか?
まず、「何かを成し遂げる能力は、与えられた道具の使い方が含まれる」ということです。具体的には、支払いに関するスキルというのは会計制度の知識だけでなく、財務会計システムの操作方法も必要になるということではないでしょうか。その意味では、他の自治体の研修内容が自分たちにそのまま流用できるかは、疑ってかかる必要があります。
さらに、「能力が保証されていないと、他者はそのスキルを活用した業務を依頼しにくい」という点も重要です。例えば、支払いのスキルについて、他の職員が「この人は支払いのスキルを持っているから、安心して支払い業務を任せられる」と確信できなければ、その人に支払い業務を任せることに不安を感じるでしょう。
そのためには、「この人はスキルを有している」ということが何らかの形で示されている必要があります。
いわゆる「スキルバッジ制度」や「社内資格制度」に近いものですが、公務員として誰もが一定のスキルを持つのであれば、誰がどのスキルを有しているのか、そして、そのスキルを得ていなければ、補わなければならないとする雰囲気を作ることが求められるのではないでしょうか。
ちなみに私の場合は、庁内教育を受ける機会がなかったので、「起案」も「予算」も「補助金」もスキルを持っていない「無印おじさん」です。そして、外部から「確保」されたデジタル人材は、(他の自治体で公務員経験があったとしても)ほぼ間違いなく「無印」の人なのです。
さらに、3階の部分でようやく「所属部署特有のスキル」が現れます。
デジタル部門なら、ネットワークの知識、福祉部門ならばその領域の法令などが該当します。公務員の定期異動がある種の宿命だとするならば、所属部署特有のスキルは、それぞれの部署に配置された後に自らの学ぶ力で獲得していくことになります。
私も長い間、いろいろな自治体を経験してきましたが、この所属部署特有のスキルについて明確に育成カリキュラムを持っているところを見たことがありません。
私が公務員の仕事が尊いと思うのは、未知の部署に着任しても、その日から専門性を発揮して(専門性があるふりをして)業務に従事しているというところでしょう。相当な地頭がないとやってられない、と思うのは私だけでしょうか。
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