極度の「マイカー依存社会」である沖縄県。
47都道府県の中で唯一鉄軌道がなく、沖縄都市モノレールも隣り合わせの那覇市と浦添市を結ぶ一路線しかない。約146万人の全人口のうち、8割ほどがこの両市を含む本島中南部に密集して居住しており、朝と夕方のラッシュ時を中心に交通渋滞が慢性化している。バスの路線網は発達しているものの、渋滞が原因で定時速達性の維持は難しい。
観光客によるレンタカー利用量の多さ、点在する広大な米軍基地による交通網の遮断……。さまざまな要因が複合的に絡み合い、交通渋滞と自家用車への依存度の高さを助長している。
そんな中、近年ある移動手段が目に見えて普及し始めている。MaaS事業の一つである「シェアサイクル」だ。
特にIT企業のプロトソリューション(沖縄県宜野湾市)が展開するブランド「CYCY」(サイサイ)のシェアが大きく、存在感が際立つ。オープンプラットフォームのシェアサイクルアプリ「HELLO CYCLING」と提携し、2019年にサービスを開始。当初は年間の利用回数が2000回に届かなかったが、現在は月間の利用回数だけで2万回を超える。レンタルと返却の拠点となる駐輪ステーション、電動アシスト自転車の稼働台数は共に拡大を続け、累計利用者数は2025年3月で20万人を突破した。
シェアサイクルの利用が既に身近になっている都道府県の人からすると「今さら……」と感じるかもしれないが、沖縄においては驚きがある。というのも、沖縄はそもそも「自転車に乗る」という文化自体がほとんど根付いていないからだ。
自転車産業振興協会の2021年調査によると、1世帯当たりの自転車保有台数は都道府県別でワースト2位の0.491台。最少の長崎県ほどではないかもしれないが、沖縄も急勾配の場所が多い。亜熱帯気候ならではの日差しの強さも保有台数の少なさにつながっているかもしれない。前述のようにマイカー依存度が高いため、徒歩数分の場所でも車で行ったり、自転車と親和性が高いはずの学生も親族が車で学校まで送迎したりすることも多い。
このような地域性があるにもかかわらず、なぜCYCYは順調に実績を積み上げることができているのか。そもそも、なぜIT企業がシェアサイクルの事業を始めたのか。プロトソリューションのメディア事業推進室係長CYCY事業担当の平良武敏さんに話を聞いた。
2007年に設立し、BPO事業やAIを活用したソリューションビジネスなどを手掛けるプロトソリューション。Webメディアや冊子で車情報を扱う「グー沖縄」など暮らしに密着したサービスも展開しているため、沖縄が抱える「車社会」という課題に対して以前から問題意識があった。
シェアサイクル事業の企画を立案したのは、県外から沖縄に移住した社員だった。他県に比べて自転車の利用者が極端に少ない現状を見て、移動手段として普及すれば「交通渋滞解消の一助になるのでは」「ビジネスチャンスがあるかもしれない」と感じたという。
ただ、役員も含めて社内は地元出身者も多い。「沖縄の人は自転車に乗らない」という感覚が根強く、当初は反対の声が大きかった。自転車やステーションをそろえる投資額の大きさに対して利益率が高い訳ではないことも懸念材料となり、なかなかGOサインが出なかった。
それでも最終的に企画が通り、新事業としてスタートを切った要因は何か。
「当初は反対の声も多かったのですが、私たちは設立時からずっと沖縄に密着して事業展開をしてきたので、最終的には『地域貢献につながるのであればやるべきだ』という判断になりました。『利益率が低い』とか『そもそも沖縄は自転車に乗らない』と言っていたら、何も新しいことはできない。どうせやるなら、新しい文化を作るくらいの勢いでやろうという結論に至りました」
CYCYというブランド名には英語の「Cycling=自転車に乗る」「Cycle=循環させる」、中国語の「小菜=簡単なこと、気軽に」などを合わせて「沖縄県内に良い風土が循環していってほしい」という願いを込めたという。当初の基本料金は15分80円(現在は100円)。電動アシスト自転車115台を確保し、2019年10月に新事業として走り出した。
小規模ではあったが、沖縄で先行してシェアサイクル事業に着手していた他社のサービスの利用者が主に観光客だったことから、CYCYもまずは本島西海岸の観光地、ホテルなどに駐輪ステーションを置いた。範囲は本社を置く宜野湾市から、県内随一の観光地である沖縄美ら海水族館が立地する本島北部の本部町までの間。距離にして約80キロある縦長のエリアに12カ所を設置した。
ただ、ステーション間の距離が遠過ぎて長時間利用は極めて稀。観光地を周遊する需要こそあれど、頻度は少なかった。
順風満帆とは言えない走り出しとなった中、ある未曾有の事態を受け、強制的に方針転換を迫られることになる。言わずもがな、コロナ禍である。
2019年の沖縄の入域観光客数は1016万3900人で過去最多を記録し、暦年換算で初めて1000万人の大台に乗った。しかし、コロナ禍に突入した2020年からは2年連続で300万人台に激減。観光客が沖縄に来ても、平時のように活発に各地を移動することはなく、観光地やホテルは閑散とした。
「事業開始から3〜4カ月でコロナ禍に入り、観光客がほぼ入ってこなくなったので、サービスのメインターゲットを一気に地元の方へと転換しました。ステーションを全て回収し、人口が最も多い那覇市に集約したんです」。新しい文化を作るという意味では“本丸”とも言える地元民の足になるべく、通勤・通学や買い物といった日常使いの需要をつかみに行った。
結果的に、この大幅シフトがハマった。
人口30万人超の那覇市を中心に本島中南部でステーション拠点と稼働台数を増やしていくと、利用者数も緩やかながら右肩上がりに伸びていった。サービス開始からちょうど3年が経過した2022年10月には累計利用者数が5万人を突破。「シェアサイクルの特性上、ステーションの密度を上げていったことで利便性が高まったことが一番の大きな要因だと思います」と分析する。
那覇市内は勾配が急な道も多いが、CYCYが扱う電動アシスト自転車であれば、そこまで苦はない。特に交通渋滞が深刻な地域でもあるため、自転車であれば「時間が計算しやすい」という側面もあっただろう。
駐輪ステーションの位置へのこだわりも強い。企業が集積する中心地や商業施設、スーパー、コンビニエンスストアなどに重点的に配置。那覇市や浦添市、宜野湾市など7市町村と業務提携を結び、公園や大きな交差点の歩道、役所にも置いたことで、自宅から近い「出発地」と、要件のある「目的地」の両方を開拓していった。
意外な効果が出たステーションもあった。バス停やモノレールの駅といった交通結節点付近である。
「当初は交通機関の利用者の一部が自転車に置き換わるのでないか、という見方もありましたが、交通結節点にステーションを設置したことで、逆にモノレールやバスの利用者が増えた印象があります。これまでは自宅からバス停とモノレールの駅を行き来する手軽な足がなかった人が、その間の交通インフラができたことで、交通機関をより利用しやすくなったようです」
当初のメインターゲットだった観光客にも認知され始め、現在の利用者は「地元客が7割、観光客が3割」と分析しているという。
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