フライト後も客室清掃、いつ休めば……ジェットスターCA訴訟が問う、働き方の限界

» 2025年07月02日 06時00分 公開
[佐藤みのりITmedia]

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佐藤みのり 弁護士

慶應義塾大学法学部政治学科卒業(首席)、同大学院法務研究科修了後、2012年司法試験に合格。複数法律事務所で実務経験を積んだ後、2015年佐藤みのり法律事務所を開設。


 格安航空(LCC)ジェットスター・ジャパンの客室乗務員が、労働基準法が定める休憩時間が確保されていないとして、労働環境の改善を求めた訴訟を起こしました。

 報道(※)によると、客室乗務員らは1日に複数の便を担当。到着後、次の便の出発までの時間は最短で35分に設定されており、その時間で客室清掃などの業務も担っていたといいます。

※参照:フライト後に清掃…「休憩なし」に賠償命令 問われるCAの働き方(朝日新聞)

 会社側は「到着から次の出発までの時間がある」「運行中の機内でも休憩に相当する時間を設けている」などと反論していましたが、4月22日に東京地方裁判所は「休憩時間の確保を定めた労働基準法に違反する」と判断。適切な休憩時間を与えない勤務を禁止し、訴えを起こした35人の従業員に合計385万円を賠償するよう言い渡しました(※2)。

※2参照:LCC客室乗務員の休憩時間 確保されず 会社に賠償命じる判決(NHK)

 この判決に対し、同社は控訴。次の便に乗るまでの時間は休憩にあたり、労働基準法への違反はないと反論しています。

会社は控訴 「フライト中に休憩できる」という主張は認められるか

 今回、東京地方裁判所は、労働基準法が労働者に一定の休憩時間を与えなければならないと定めている趣旨について、「労働者の心身の健康の維持」にあるとしました。その上で、「心身の健康などは、排他的な権利としての人格権として保護されるべき法益」とし、労働基準法上の休憩時間に関するルールは最低基準であることも考慮した上で、そのルールに違反する勤務を命じることを「労働者の人格権を違法に侵害する行為」と評価しています。

 労働者が適切に休憩することは、労働者の人権を守るためにも、また、業務の効率を高め、安全を確保するためにも非常に重要なことであり、私は、東京地裁の判断を高く評価しています。この事案については、ジェットスター・ジャパンが控訴しているため、今後の裁判の行方にも注目する必要があるでしょう。

 会社側の主張が認められなかった要因は、大きく分けて2つあります。

 まず、「乗務する飛行機の到着から次の出発までの時間」については、清掃などの業務を行っている時間があり、それを「休憩時間に相当する」ものとして認めなかったことです。

 次に「運行中の機内でも休憩に相当する時間を設けている」かどうかについて、運航中の機内でも乗客からの要望や急病人に対応していることから、心身の緊張度が低い時間にはあたらず、「休憩時間に相当する」ものに一切あたらないとしたことにあります。従って、休憩時間に相当する時間が足りず、違法との結論にいたりました。

「次の便出発まで最短35分」「フライト中に休憩」 ジェットスターCAの訴えは認められるか(写真はイメージ、ゲッティイメージズ)

 労働基準法34条1項は、労働時間が6時間を超える場合においては少なくとも45分、8時間を超える場合においては少なくとも1時間の休憩時間を与えなければならないと定めており、これが原則となります。

 その上で、労働基準法40条1項は、一定の事業は「公衆の不便を避けるために必要なものその他特殊の必要あるものについては、その必要避くべからざる限度で、休憩に関する規定について、厚生労働省令で別段の定めをすることができる」としています。この規定を受けて、労働基準法施行規則32条は、客室乗務員も含め、航空機による旅客運送事業に従事する労働者について、休憩に関する特則を設けています。

 労働基準法施行規則32条1項は、「長距離にわたり継続して乗務するもの」について、「休憩時間を与えないことができる」としています。「長距離にわたり継続して乗務するもの」とは、国際線などで長距離、長時間、フライトする場合などが想定されています。

 一方、そうしたフライト以外のものについて、労働基準法32条2項は、「(1)業務の性質上、休憩時間を与えることができないと認められる場合において、(2)その勤務中における停車時間、折返しによる待合せ時間その他の時間の合計が法第34条第1項に規定する休憩時間に相当するとき」は、休憩時間を与えないことができるとしています。

 本件では、労働基準法32条2項について争われ、裁判所は(1)を認めたものの、先述のように(2)を否定し、違法と判断しました。

休憩中も「電話」「来客対応」 これって違法?

 先述した通り、「休憩」については労働基準法で細かくルールが決められています。もし、休憩時間に関する労働基準法上のルールに違反すると、「6カ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金」に処される可能性があります(労働基準法119条1号)。

 その他、本件のように、従業員から慰謝料などを求め提訴され、損害賠償責任を負う可能性もあります。

 企業が休憩に関する規定に違反しやすいのは、以下のようなケースがあります。

  • 休憩時間中にも、急にかかってきた電話をとることや、来客があった場合の対応などを任せており、「休憩時間」とは評価できないにもかかわらず、別途「休憩時間」を設けず、結果的に労働基準法上の休憩時間を満たしていないケース
  • 業務上のトラブルや人員不足などにより、決められた休憩時間を事実上とらせることができないまま労働させているケ―ス

 ありがちな事案とも思われますが、いずれのケースも労働基準法違反になります。従って、まずは労働基準法上のルールについて、研修などを通し、経営者はもちろん、管理職や現場の従業員にも広く周知することが大切です。そして、日頃から、人手不足対策を講じることも重要でしょう。人材確保に加え、外部に委託できる業務は委託するなど、各企業で工夫することが大切だと思います。

 本件はジェットスター・ジャパンが控訴しているため、今後の裁判の行方によっても、社会に与える影響は変わってくるでしょう。

 高裁や最高裁が、今回の東京地裁の判決を支持し、同様の判断を下した場合、各企業は、労働者に休憩時間をとらせないことのリスクをより重く認識するようになり、労働者は休憩時間をとれないことが人格権の侵害にあたることを意識するようになるでしょう。

佐藤みのり 弁護士

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慶應義塾大学法学部政治学科卒業(首席)、同大学院法務研究科修了後、2012年司法試験に合格。複数法律事務所で実務経験を積んだ後、2015年佐藤みのり法律事務所を開設。ハラスメント問題、コンプライアンス問題、子どもの人権問題などに積極的に取り組み、弁護士として活動する傍ら、大学や大学院で教鞭をとり(慶應義塾大学大学院法務研究科助教、デジタルハリウッド大学非常勤講師)、ニュース番組の取材協力や法律コラム・本の執筆など、幅広く活動。ハラスメントや内部通報制度など、企業向け講演会、研修会の講師も務める。


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