「AIって、うちの人事で何に使えるんだっけ?」―― 役員からそんな質問が飛んでくる会社も少なくないでしょう。
ChatGPTやGeminiなど生成AIの波は、バックオフィスと呼ばれる人事にも容赦なく押し寄せ、「何かやらねば」という機運が急速に高まっています。とはいえ、AI活用はもちろんのこと、データ活用についても十分に推進できていない企業が依然として多いのが現実です。
そこで本連載では、”人事とAIのモヤモヤ関係”をすっきりさせるべく、生成AIと人事の付き合い方を月一でナビゲートします。
AIと人事の関係を語るとき、真っ先に浮かぶのは「導入の難しさ」かもしれません。
などなど、ハードルはいくつもあって、導入に踏み切れないケースが多いでしょう。しかし、そのハードルを越えた先には非常に大きなメリットがあります。まずは「人事でもAIがかなり使えそうだ」というイメージを持つことが重要です。
ポイントは「機械的な処理」と「人の判断」を切り分けること。ルーティンの処理をAIに任せれば、人間は意思決定や対話、戦略立案など「頭を使う仕事」に集中できます。
イメージしやすいように、人事での主な活用シーンを挙げてみます。
まず採用の入り口となる求人づくりでは、生成AIが職務内容を短くまとめるなど、募集ポジションや応募ターゲットに合わせた言い換え・トーン調整をします。採用担当者はそのドラフトを見ながら、採用要件の核心や自社カルチャーが伝わる表現を最終的に定義します。
採用書類選考の場面では、生成AIが履歴書・職務経歴書から経歴やスキルを抽出し、候補者の特徴を整理してくれます。人事や面接官はその要約をもとに合否や次選考工程への通過可否を決定します。
面接の録画データの音声をAIが文字起こしし、構造的に要約します。面接官は要約を読み、候補者の状況判断やコミュニケーションを重視した評価・フィードバックに専念できます。
日常的に寄せられる「有給は何日残っていますか」「在宅手当の規定は?」などの従業員からの質問に対し、AIが社内規程や社外ナレッジを横断検索して回答案を提示します。人事はポリシー策定や難易度の高い問い合わせへの個別対応に集中できます。
新しい評価制度や福利厚生などを検討する際、AIが施策案や制度ルールのドラフトを作成します。人事や経営はその案をレビューし、妥当性を確認しながら合意形成を進めます。
従業員サーベイの結果、勤怠データ、コミュニケーションツールのログをAIが解析し、ストレス度や離職兆候を早期に察知します。上長や人事は、提示された情報を基にサポートの優先順位を決め、面談や配置転換などの具体施策を実行します。
いずれのケースでも、「工数を大幅に削減できる」ことが容易に想像できるはずです。これらの活用シーンは、連載で各人事機能ごとのAI活用の回にて詳細を解説します。どれも、「工数を大幅に削減する」という役割がイメージできることでしょう。
AI運用の要は、現時点ではあくまで「AIはサブパイロット、メインパイロットは人」だという点です。AIに指示を出すテキスト(プロンプト)は指示書そのもの。曖昧(あいまい)な指示では、AIも曖昧に動いてしまいます。目的や条件、とりわけ人事には制約が多いため、それらを明確に言語化して提示することが鉄則となります。
AIの出力を鵜呑みにせず、必ずチェックしたうえで最終判断を人が下すことも欠かせません。人事が扱うのは「人」の人生に関わる事項だからです。チェックを省けばリスクは跳ね上がります。
さらに、成功したプロンプトも失敗したプロンプトも部内でナレッジ化し、組織の学習データとして共有することで、AI習熟度は飛躍的に向上します。
取り組みの第一歩としては、個人情報リスクの小さい「求人票作成」や「労務問い合わせボット」から着手すると成果とリスクの双方を学びやすいでしょう。
生成AIがもたらす変革の大きさを正しく理解するには、そもそも人事がこれまでデータとどう向き合ってきたのか、その歩みを押さえておく必要があります。人事とデータの関係について、主に国内での動向を振り返ってみましょう。
2000年代以降、採用や勤怠、労務といった人事データは紙からデジタルへ移行し、各機能に対応するシステムも発展しました。しかし当時は機能ごとにデータがサイロ化しており、横串で分析できる環境はありませんでした。
2010年代に入ると、従業員サーベイを導入する企業が増えます。Excelなどの表計算ツールを駆使し、各人事機能で使うデータを横串でレポート化する試みも始まりました。その後、TableauなどのBusiness Intelligence(BI)ツールが人事部門にも広がり、「可視化する」文化が定着します。ただし、グラフをどう読み解き、意思決定につなげるかという課題は残りました。
2010年代後半には「ピープルアナリティクス」が注目を浴び、機械学習や統計分析で離職要因やハイパフォーマーを予測する組織も登場します。ところがデータ量不足でモデルを構築できず、ブラックボックス化による説明責任もあり、現場への適用は限定的でした。
同時期、RPAやチャットボットによる業務効率化への期待も高まります。自動FAQや勤怠対応などのオートメーションが注目されましたが、ルールベースでは例外処理に追いつけず、メンテナンス工数が膨らむ問題が顕在化しました。
そして2022年11月、ChatGPTが公開されます。コードを書けない従業員でも自然言語のプロンプトだけでアウトプットを得られるようになり、文書生成や要約、分類が誰にでも可能になりました。現在では多くのSaaSベンダーが大規模言語モデル(LLM)を組み込み、人事がAIを手軽に扱える環境が整いつつあります。
振り返れば、人事のデータ活用は
と段階的に進化してきました。これらのステップで求められてきた専門性や手作業の多くを、生成AIは一気に引き下げています。また、海外や他部門に比べ、国内の人事のデータ活用はこれまで大きく遅れていましたが、生成AIの登場で一気に追いつける可能性が見えています。
マーケティングやファイナンス部門が早くからBIや機械学習を活用してきたのに対し、人事のデータ活用は後れを取ってきました。しかも、先ほど紹介した人事のデータ活用の段階的な進化は、あくまで先進企業が踏んできた足跡にすぎません。
現実には、
という企業もまだまだたくさんあります。先進企業の足跡をたどるには時間もコストもかかります。
しかし、遅れているからこそ生成AIで一気に飛び級できる、いわゆるリープフロッグ現象が期待できます。データ活用の導入が遅れていること、それ自体が優位になる理由は以下に挙げます。
従来Excelで集計しグラフ化していた作業も、生成AIにデータを渡して「レポートとグラフを作って」と頼めば数分で完了します。専門知識が不可欠だった機械学習モデルの構築も不要になり、例外処理に苦しんだチャットボットもLLMが自動的に回答してくれます。
要するに、先行企業が積み重ねてきたプロセスを一からなぞらなくても、生成AIで一気に追いつけるわけです。逆に言えば、生成AIを取り入れなければ他社に置き去りにされるリスクもあるということになります。
企業ごとに事業やシステム環境は異なり、生成AIの導入やデータ活用状況もさまざまでしょう。
本連載では「自社ならどう動かすか」を議論しやすいよう、人事担当者はもちろん経営層や一般従業員にも参考になる形で、ポイントを絞って解説します。具体的なツール設定や開発ノウハウには踏み込みませんのでご了承ください。
今後のテーマは、AI導入のハードルについて語ったあと、採用、労務、人材開発など、各人事機能ごとに取り上げる予定です。機能ごとの課題に何があるのか、生成AIのユースケース、導入検討のポイント、社内展開のコツなどを中心にお話できればと思います。
次回は「AI導入の3大ハードルを粉砕せよ」。多くの人事がつまずきがちな箇所を明確にし、AI導入の飛び級スタートダッシュを切りやすくしていきます。
株式会社ビズリーチ ビズリーチ WorkTech研究所 所長
2004年、東京大学大学院で博士号(情報理工学)を取得後、名古屋大学、産業技術総合研究所で、コンピューターサイエンス領域の学術研究に取り組む。
その後、2008年より、東京大学で助教として研究・教育に携わる。
2011年、株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、アプリゲームやマーケティングの分析部署のマネジメントや、人事でピープルアナリティクス施策を担当。
その後、株式会社メルカリの人事で、ピープルアナリティクス施策を担当。
2019年11月、株式会社ビズリーチに入社。
人事本部タレントマネジメント室でのピープルアナリティクス施策の担当などを経て現職。
この記事を読んだ方に AI活用、先進企業の実践知を学ぶ
ディップは、小さく生成AI導入を開始。今では全従業員のうち、月間90%超が利用する月もあるほどに浸透、新たに「AIエージェント」事業も立ち上げました。自社の実体験をもとに「生成AIのいちばんやさしいはじめ方」を紹介します。
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