2027年4月以降の事業年度から強制適用が予定されている新リース会計基準。この基準変更は単なる会計処理の変更にとどまらず、企業の財務指標や経理業務に大きな影響を与えることが予想されている。従来オフバランス処理が可能だったオペレーティングリースや賃貸借契約が、新たに貸借対照表に計上されることで、自己資本比率やROA(Return on Assets:総資産利益率)などの重要な経営指標が大幅に変動する可能性があるからだ。
リースか否かを判定するには、契約書を確認しなければならない。オフィスや倉庫などの契約書を、どのような基準でチェックすればよいのだろうか? 支出管理クラウドサービスを開発・販売するTOKIUMは、PwC Japan監査法人と共同で「新リース会計基準の知識と実務について学ぶ、対象企業の実務担当者向けワークショップ・質問会」を開催。実際の契約書を使ったリース判定の体験から、実務で最も苦戦するポイントまで、対応の実態を解説した。本稿では、その要点をレポートする。
まずセミナーでは、新リース会計基準について、PwC Japan監査法人ディレクターの本村憲二氏が概要を説明した。基準自体はすでに公表されており、2027年4月1日から適用される。このことを「準備期間が約2年もある」と認識するのは危ないと本村氏は指摘する。
「影響を受ける企業が多くシステム導入も必要なため、2年という期間はそれなりに必要だと考えています」(本村氏)
新基準の核心的な変更点は、どの契約を新基準の「リース」として資産・負債に計上させるか、という基準が変化したことである。従来の会計上のファイナンス・リースとオペレーティング・リースの区分が撤廃され、オペレーティング・リースもファイナンス・リースと同様に、使用権資産とリース負債として貸借対照表に計上することになる。このため、財務指標への影響が大きい、と本村氏は説明した。
こうした基準変更により、企業は大きく2つの影響を受けると本村氏は整理する。
第一に、財務諸表への影響が挙げられる。従来は単に支払った費用を処理していたものを、将来契約に基づいて支払う総額の割引現在価値(将来得られる価値を現在受け取るとしたら、どれほどの価値になるのかを示す指標)で、貸借対照表に使用権資産とリース負債を計上するのだ。使用権資産は減価償却費、リース負債は利息費用として損益計算書の表示も変わる。また、貸借対照表が大幅に拡大するため、自己資本比率やROA、ROE(Return On Equity:自己資本利益率)などの重要な経営指標が変動することになる。
第二に、経理業務の負荷増大である。「契約書の洗い出しやリースか否かの判断、また仕分け作業が3〜5倍ほどに増加すると予想されています」(本村氏)
特に重要なのが「実質リース」への対応だ。これは業務委託契約や使用契約、利用契約などで、契約書の名称にかかわらずリース判定が必要になる取引を指す。リースや賃貸借という文言が契約書に入っていなくても、会計上リースの定義を満たす場合は、オペレーティング・リース同様にオンバランス処理しなければならない。
実質リースの具体例として、オフィスや事務所などの他、見落としがちなのが倉庫である。運送業務委託契約の中に運送会社の倉庫を専用利用しているケースでは、この倉庫部分がリースになることがある。さらに、ロッカーやプレハブ、ウォーターサーバー、AEDなど、従来の基準ではリースとは考えにくいものについても、あらためて判定が必要になる。
リースの定義は「特定された資産の使用を支配する権利を一定期間にわたって対価と引き換えに移転する契約またはその一部」とされている。この定義に基づき、3つの判定ステップが示された。
ワークショップでは、2つの契約事例を実際に判定し、本村氏が解説した。
契約の内容は画像の通りだ。
この契約を判定する上で決定打となるのは、サプライヤーの入れ替え権である。当該契約書の第1条を見ると「乙保有乗用自動車から自由に配車することが可能であり、要求の都度同一のものを提供する必要はない」と明記されている。
「仮に3年契約としましょう。サプライヤーが顧客に提供する車は、契約書から日によって違うものであることが想定されます。つまり、どの車かが特定されません。そのため『入れ替え権がある』と判断できるため、この契約はリースに該当しません」と本村氏は解説した。
本村氏は、当該契約がなぜリースに該当するかを順を追って説明した。
特定された資産については、契約項目表の4番に「倉庫4F A区画 契約面積100.00平方メートル」と明記されており、この倉庫のA区画が特定されている。サプライヤーの入れ替え権については、第1条に「頭書の住所、区画を協議なく変更できないものとします」と記載されているため、サプライヤーが勝手に配置を変更することはできない。
経済的利益については、この特定された倉庫の区画について、物を置けるのはこの顧客だけということが契約内容から読み取れるため、その区画に物を保管できるという経済的利益を享受していると判断される。
使用を指図する権利については、第6条で使用期間中に甲が専用区画に保管するものの量や種類を顧客が変更できるとされている。
「その倉庫に物を保管すると使用方法を決められるのは、保管してもらっている方、つまり顧客側です。この場合は指図権があると判断され、当該契約はリースに該当します」と本村氏は解説した。
ワークショップを振り返って、TOKIUMの和田陸氏は、同社経理部門において既にリースの識別を実施した経験を基に、以下のように参加者に語った。
「今回の識別で『ステップに則って考えれば、意外と簡単だ』と思われた方もいるかもしれません。しかし、今回はあくまでワークショップです。皆さんが実際に受け取る契約書は、新リース会計基準の判断をしやすいように作られたものではありません。実際目の前にすると『これはどういうことだろう』と悩むことがたくさんあるかと思います。片手間で対応するのは難しいことを認識した上で準備するのが望ましいです」(和田氏)
ワークショップでは参加者から、契約書読解の困難さを示す声が相次いだ。また契約書の読解以前に、電子管理していない、契約書を保管している部署が複数部署にまたがっているなどの理由で、「契約書を集めることが難しい」という企業も少なくないことが明らかになった。
参加企業の実情はさまざまだった。例えば、不動産会社の経理部門責任者は、深刻な財務影響を懸念していた。
「借地の契約などでは、50年、60年という長期契約があります。オンバランスしたら数億円規模になる可能性がある。自己資本比率も1〜2%ほど影響してしまうと予想しています」
また、貸手側の苦悩を吐露した参加者もいた。Wi-Fiサービスを展開する企業の経理部門責任者だ。同社は新リース会計基準上は「貸手」となることが想定されている。Wi-Fiサービスは、リースと判定されるかどうか、判断が難しいものの一つだ。
「リースと判断されると、『処理が面倒』『財務諸表に影響が出る』などの理由から、契約に結びつかない可能性があると考えています。そのため、リースと判定されないためにはどうしたらいいか、情報収集しているところです」(通信会社経理部門責任者)
新リース会計基準の対応に当たって企業が懸念するポイントとして、本村氏は「実際に契約している部署は、経理部ではないことも多い」という根本的な問題を挙げる。業務委託契約など、いろんな部署が契約しているため、非常に幅広い部署に質問して調査しなくてはならず、全社を巻き込んだ対応が求められる。
しかし、契約している部署の担当者は「新リース会計基準とは?」という反応を示すことがほとんどだろう。そうした層に、いかに理解を求めながら協力を仰いでいくのか。リースか否かの判断は、基準適用後も続いていくからこそ、部署を超えた継続的な対応体制の構築が重要だと本村氏は指摘した。効率的な役割分担の仕組みの一例として、契約主管部署での一次判断の提案があった。
「全社で100件の契約があるとしましょう。その場合、契約した部署でリースに該当するかどうか判断してもらう。その中で特に金額的に重要性があるものだけ、経理も目を通す分担方法が、効果的だと考えています」(本村氏)
今回のセミナーを通じて明らかになったのは、新リース会計基準への対応が予想以上に複雑で時間のかかる作業だということである。特にリースの識別段階では、既存の契約を洗い出し、詳細に分析するプロセスが必要となる。また、契約書管理の体制が整っていないと、さらに難度が上がることも示唆された。
TOKIUM和田氏は実務経験を踏まえ、「適用まで2年ありますが、期末決算の月や上期の決算なども考慮すると、実質的な作業可能期間は1年程度になります。今から始めていただくのが良いでしょう」と早期着手の重要性を訴えた。
2027年の強制適用に向けて、今から段階的に準備を進めることで、将来の負担を大きく軽減できるはずだ。そのためにもまずは自社の契約書管理体制を見直し、社内への説明と理解促進を図ることから始めてみてはいかがだろうか。
【開催期間】2025年7月9日(水)〜8月6日(水)
【視聴】無料
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