Forbes誌「世界広告業界最もクリエイティブな25人」の1人に選ばれ、ニューヨークを拠点に世界で活躍するクリエイティブ・ディレクターのレイ・イナモト氏。グローバル・イノベーション・ファーム I&COの共同創業者でもある。
そんなイナモト氏は、自社主催イベント「I&CO Foresight’s 25 日本を再び、世界の舞台へ」の基調講演に登壇。「ブランドとは、信頼による差別化である」と語る同氏は、AIが躍進するこれからの時代「“意味”を伝えるストーリーテリングだけでは、もはやブランドは構築できない」と警鐘を鳴らす。
その真意とは。ブランドが信頼されるために必要な“4つのシフト”について解説した。
「The Most important Chart in 100 Years」によると、1億ユーザーを獲得するまでにNetflixでは10年近く、Twitter、Facebook、Spotifyが5年ほど、そしてInstagramが約3年を要したという。対してChatGPTは、驚異のわずか5日である。
この日数は、単に認知拡大に要した時間の違いを意味しているのではない。“ブランドが人々から信頼を勝ち取るために要した時間”でもある。
イナモト氏は、今や当たり前に人々の生活を支えている「エレベーター」を引き合いに出し、「みなさんがここ(イベント会場はビルの18階だった)に来るまでに乗ってきたエレベーターというテクノロジー。人々を自動で建物の上に送ってくれる、この魔法のようなテクノロジーが、人々の信頼を得るために要した時間は、どれくらいだったと思うか?」とクイズを出した。
5カ月、25年、50年以上という3つの選択肢がある中で、参加者の3分の1は「25年」と回答した。だが、正解は50年以上。イナモト氏は、1854年に米国の発明家・Elisha Otisが、NYCのイベントでエレベーターというテクノロジーのデモンストレーションをしている絵を示した。自分の乗っているエレベーターのロープを切ってもエレベーターが落下しない様子を見せ、人々に安心感を与えようとしているシーンである。当初のエレベーターは、人が操作をするものだった。
その後、1892年には無人で自動操作ができるボタン(現在と同じ、乗客自身が行き先を選ぶもの)が開発されていたものの、「人間が操作しなければ信用できない」という理由から、無人エレベーターが人々に受け入れられることはなかった。しかし、1945年に起きたストライキによって、エレベーターのオペレーターが仕事に来ない事態が発生した。これを機に、「操作する人がいなくても、エレベーターを使えないよりマシ」という発想に切り替わった。さらに緊急停止ボタンや非常通報電話が設置されたことで、無人のエレベーターが広まっていったのである。
「エレベーターのようにシンプルで素晴らしいテクノロジーであっても、Otisというブランドの価値を人々に信頼してもらうのは困難だったということだ」(イナモト氏)
ブランドが人々から信頼を得ることがいかに難しいかは分かった。では、どうすればブランドの信頼を高められるのか。その答えを探る前に、「そもそもブランドとは何なのか」を改めて問いたい。
歴史学者・哲学者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏は『NEXUS 情報の人類史(上・人間のネットワーク/下・AI革命)』(河出書房, 2025)の中で「ブランドとは、ある特定の種類のストーリーである」と語っている。
ストーリーとは、製品やサービスの“意味”を伝えるための装置である。ここでいう“意味”とは、単なる機能や性能だけでなく、ブランドが提供する価値観や世界観、共感を呼び起こす象徴的な文脈などを指す。ストーリーを通じて“意味”を伝えれば、それが人々の心を動かし、ブランドが構築されるというわけだ。
このように、近年、ブランド構築におけるストーリーテリングの重要性が強調されてきた。だが、イナモト氏は「ストーリーテリングだけでブランドを構築できるという常識は捨てるべきだ」と指摘する。
その証左として、イナモト氏はAppleとSamsungの2つのブランドを例に挙げた。
ブランドがストーリーを語る場はさまざまあるが、なかでもコントロールしやすいのが広告である。ある年、Samsungの広告費は38億ドルで、Appleはその約5分の1の8億ドルだった。つまりSamsungのほうが、それだけ多くのストーリーを語っていたのだ。
だが、スマートフォンの販売ランキングを見てみると、1〜5位の中でSamsungは1機種しかランクインしておらず、残りの4機種は全てAppleが占めていた。「これは、従来のマーケティングやストーリーテリングが、もはやブランド構築の確実な方法ではないことの表れである」(イナモト氏)
結局、ブランドとは何なのか。イメージ? ストーリー? 世界観? 価値?──それはそれで一理あるかもしれないが、イナモト氏は「ブランド=信頼による差別化」であると定義する。
これからのブランド構築を考える際には、「1.『問い』のシフト」「2.『思考』のシフト」「3.『方法』のシフト」「4.『関係』のシフト」の4つのシフトが重要だと説いた。一つずつ詳しく見ていこう。
従来のブランドコミュニケーションは、「何をどう伝えるか」という問いに対する答えを探索し、ストーリーとして語ることに重きが置かれてきた。しかし、これからは「どう信頼を築いていくか」という問いを立て、その答えを模索すべきである。
従来のマーケティングは、約40年前に構築された「認知→関心→検討→購入」と上から下へ進むファネル型のモデルで考えられてきた。しかし、これからは「(企業がプロダクトを)生み出す→(プロダクトで顧客を)魅了する→(顧客がブランドを)信頼する→(ブランドで他社と)差別化する」というサイクルが回るフライホイール型で考えるべきだという。
数ある生成AIツールの中でChatGPTが勝ったのは、「価値を可視化するのがうまかったからだ」とイナモト氏は分析する。
Google検索を思い出してほしい。Googleで検索した際には、検索結果がパッと表示される。けれどもChatGPTの場合、人間がPCで文字を打つときのように、あえて少しずつ表示することで、あたかも機械が“自分のために考えてくれている”ような錯覚を覚える。
この体験を何度も繰り返す(再現する)ことで、ChatGPTは人々からの信頼を勝ち取っていった。つまり、いくら美しい広告でブランドのストーリーを語っても、それが日々の接点で繰り返し再現されない限り、ブランドの信頼構築にはつながらないということである。
ChatGPTは他の生成AIツールと比較して、特段、機能的に優れているわけではないという。だが、OpenAIのコーポレートサイトを見てみると、週に2〜3回の高頻度で、機能追加や企業提携などの最新情報を常に発信し続けていることが分かる。
一瞬のバズで関係性は築かれない。できるだけ長く、できれば一生の関係性を築いていくには、この真摯な態度とたゆまぬ努力が大切であり、そうして築かれた信頼は、何よりも強力な差別化の要因となり得るのだ。
これら4つのシフトは、「意味の伝達」から「信頼の蓄積」へと、ブランドの構造変化が起きていることを示している。
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