現存する最古の駅弁屋と伝わる「荻野屋」の創業は、明治時代にさかのぼる。かつて鉄道でわずかな距離でも旅をするのに長い時間がかかっていた時代、群馬と長野の県境にある碓氷峠を越えるために群馬の横川駅で長時間停車する列車の乗客向けに、食事のお供として駅弁を始めたという。
その後、時代の移ろいに合わせるように、ドライブインや高速道路のサービスエリアに加え、首都圏や北陸新幹線の停車駅にも販路を拡大してきた。
だが、近年の駅弁市場は全体的に縮小傾向にあるという。特に若年層の「駅弁離れ」が顕著だと指摘される。
日本鉄道構内営業中央会(東京)によると、構内で駅弁を販売する事業者は、最盛期の1967年ごろには全国に400社以上あったが、今年8月現在ではわずか77社にまで減少しているという。
荻野屋の首都圏事業部長は「歴史を守りつつ、釜めし以外の魅力も伝えていきたい。居酒屋やおにぎり専門店といった新たな店舗展開をはじめ、多様な形で荻野屋を知ってもらうことを目指している」と語る。同社が掲げる「思い出作りのお手伝い」というテーマのもと、食を通じて旅の記憶や家族との思い出、地域の味を次世代につなぐことに力点を置いているという。
駅のホームで楽しめるお弁当としてはもちろん、日常の食卓にも「おいしさ」を広げる同社の挑戦は、駅弁文化の新たな一歩としても注目されそうだ。(村田幸子)
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