「がん啓発ライブ」を有償→無償モデルに転換したワケ ヘルスケア企業の挑戦(1/2 ページ)

» 2025年08月16日 08時00分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

 がんや希少疾患などの臨床試験・治験を支援し、患者と医療をつなぐヘルスケア企業3Hメディソリューション(本社・東京都豊島区)が、10年前から音楽ライブによってがん啓発を訴求している。「Remember Girl's Power!!」という公演名で毎年9月に東京・池袋で開催。同社が運営する、がんの臨床試験(治験)と最新のがん医療情報に特化した情報サイト「オンコロ」が主催であることから、「オンコロライブ」と名付けている。

 10回目の節目となる2025年は、9月6日(土)、7日(日)、13日(土)、14日(日)の4日間にかけて、東京・池袋西口公園野外劇場とサンシャインシティ噴水広場で実施する予定だ。両会場ともオープンスペースで開催し、当日も無料で観覧可能にしている。公式Webサイト内の視聴ページでは登録者向けに無償配信も実施する。

photo 豊島区共催「Remember Girl’s Power !! 2025」は総勢80人のアーティストによる小児がん・AYA世代がん、臨床試験(治験)啓発のためのチャリティーライブだ(プレスリリースより)

 今は無償で実施しているオンコロライブだが、2016年の第1回から2019年の第4回までは、チケット販売制の興行形態で開催していた。その後、がん啓発ライブとしては経営が立ちゆかなくなるとの危機感から、2020年からのコロナ禍を機に、無償・協賛という新たなビジネスモデルにピボットした経緯がある。

 有償モデルから無償化への大転換を実施した背景は? 10年間で成功したことと今後の課題は。オンコロライブの柳澤昭浩実行委員長に聞いた。

photo 柳澤昭浩(やなぎさわ あきひろ)18年間の外資系製薬会社勤務後、2007年1月より10期10年間に渡りNPO法人キャンサーネットジャパン理事(事務局長は8期)を務める。科学的根拠に基づくがん医療、がん疾患啓発に取り組む。2015年4月からは、メディカル・モバイル・コミュニケーションズ合同会社の代表社員として、がん情報サイト「オンコロ」コンテンツ・マネージャーなど多くの企業、学会のアドバイザーなど、がん医療に関わる様々なステークホルダーと連携プログラムを進める。「エンタメ×がん医療啓発」を目的とするRemember Girl’s Power !! (Remember Girl’ Power !!)などの代表(撮影:乃木章)

券売不振と赤字の現実 それでも挑戦をやめなかった5年間

――2016年に始まったオンコロライブは今年で10回目を迎えます。2019年までの4回目までは、チケット収入によるビジネスモデルでしたが、券売は全く伸びなかったそうですね。理由を、どのように分析していますか。どんな課題がありましたか。

 4回目までは、経済的に苦しい運営が続いていました。ライブチケットの収入を軸に、いわば正規の興行として運営していたからです。実際にやってみると、実施のための財源をチケットと物販のみで賄う発想では「成立しない」と痛感しました。私たちの経験不足もありました。

 複数のアーティストが出演するイベント自体は、ロックフェスのように成功例も多いですが、ファンの方は「推しをフル尺で観たい」というニーズが強いことも。複数アーティストが出演して、かつテーマも一般的な興行とは異なるのが当イベントですから、想定通りには券売が伸びませんでした。これは他のチャリティーイベントでも起こりやすい現象で、当初から懸念していました。それが実際にやってみて確信に変わりましたね。

――そもそもなぜ、がん啓発を音楽ライブという形で始めたのでしょうか。

 2015年ころ、クロエグループ(現・3Hメディソリューション)が「がんをビジネスとしても正面から扱い、社会的意義と事業性を両立する」という構想を持ち、滝澤宏隆社長から私に立ち上げ支援の声がかかったのが始まりです。私はNPOでの活動や製薬企業のマーケティング、学会関連の仕事にも携わっていました。啓発と産業側の接点をデザインする役回りを期待したのだと思います。

 滝澤社長との最初の打ち合わせ場所が、ライブ会場だったことも象徴的でした。「音楽」を入口として、啓発の接点を広げる発想は当初からありました。その後、クロエグループは3Hメディソリューションとなり、運営母体は変わっていますが、オンコロライブは2016年から変わらずに続けています。

photo 2018年、3回目のオンコロライブの集合写真

ライブで訴求する臨床試験の理解と社会的意義

――啓発の主眼は、がん全般の啓発に加えて、3H社の本業でもある臨床試験・治験の理解促進ということですね?

 そうです。がん情報サイトであるオンコロのビジネスモデルは、がんの臨床試験・治験の被験者募集でしたが、同時に非常に大きな社会性を持っています。標準治療がなくなった患者さんにとって、臨床試験は重要な選択肢になり得ます。にもかかわらずがんの治験が進まないのは、治験そのものの存在を知られていないからだと考えました。だからこそ、啓発の空間としてチャリティーライブをやる意義があるという結論になったのです。

――がん啓発のライブという座組みによって、集客面では苦戦しましたね。

 特に1回目がひどかったです。スタンディングで満員にすれば2000人入る会場を借りたのですが、ライブ参加者は招待客を含めて400〜500人ほど。興行的には300万円ほどの赤字でした。当然、負担は主催者側です。

――それでも諦めずに続けた理由は?

 赤字が出たとしてもチャリティーライブである以上、やめようとは思いませんでした。会場規模を縮小しながら4回目まで続けています。しかし規模を小さくしたとしても、興行的な赤字は、大きくは変わりませんでしたね。広報・告知の不足が原因だと考えてテコ入れも試みました。ですが、キャスティングや口コミといったSNS中心の認知度の積み重ねだけでは限界があると感じました。

――5回目までやってみて、当時はどんな手応えや見立てを持っていましたか。

 半分は「やっていることは正しいが、いまは評価されない」という感覚でした。正しいものが必ず売れるとは思っていませんが、いつか時代が追いついて成立する水準には届く、という根拠のない自信はありました。

photo 2017年開催時の出演アーティスト

コロナ禍が後押しした無償化 協賛と海外知見で築く新モデル

――2020年以降、興行を無償化した背景は?

 目的が「啓発」である以上、来場するハードルを下げ、参加機会を最大化することが合理的だと判断しました。コロナ禍の2020年は単独で、2021年は豊島区との共催という形で、無観客の無料配信へ切り替えています。

 それまで、音楽ライブをインターネット配信することは、技術的には可能だったものの、主流ではなかったと思います。しかしコロナ禍によって、その価値観が崩れました。コロナ禍による無償配信化によって、現地観客数の制約やチケット価格のボトルネックから解放され、啓発コンテンツに触れられる人を増やせたのは大きかったです。

 2022年以降は、無料有観客(優先エリア一部寄付)と無料配信のハイブリッドによって実施しました。会場の選定や日程の設計も含めて、街と一体の取り組みへと拡張しました。

――無償型へのビジネスモデルの転換は、どのように検討したのですか。

 大きく2つのことを並行して考えました。1つは協賛の獲得です。良い取り組みに賛同してくれる企業や個人の力を得ることですね。もう1つは、キャスティングの設計です。無名の主催者が通常の出演料でオファーしても、アーティストから見れば出演する魅力は乏しいわけです。

 そこで、海外のチャリティーライブのように、アーティストが無償または最小限の経費で参加し、その社会活動への関与自体がブランディング価値になる形を目指しました。出演料のみをメリットにせず、社会貢献へのコミットメントを可視化することによって、アーティスト側にも明確なメリットを提示できると考えたのです。

――海外の事例もリサーチしたのですね。

 海外のチャリティーライブ関係者にもヒアリングして、仕組みや運営の考え方を学びました。アーティストの参加動機の設計、協賛の集め方、制作費のコントロールなど、参考になる知見が多く、6回目以後のモデル転換に生きています。

photo 2022年の開催時の協賛企業
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