「部下の育成が最も悩ましい」──2024年に実施された管理職意識調査(ALL DIFFERENT調べ)で、中間管理職の半数以上が「部下の育成」に課題を感じていると回答した。企業では、管理職の役職や経験年数を問わず”人を育てること”が共通の課題であり、組織づくりの本質が問われている。
こうした課題に対し、人材育成の現場としても注目され始めている “エンターテインメントの場”がある。2025年で7回目の開催となる日比谷音楽祭だ(5月31日、6月1日に開催)。
誰もが素晴らしい音楽体験ができることをコンセプトに、音楽を体感するイベントであることに加え、協賛企業の社員がイベント本番当日のボランティアとしても参加できる場となっているという。この体験を通じて、社員には協働や判断力、対人スキルといった実践的な力が培われる。企業が人材育成の一環として、取り入れるケースも増えているようだ。
また、会場のエリア設計をはじめ、企業協賛の調整、出演アーティストとの対話、さらには配信やクラウドファンディングを通じた世代を超えた多くの人たちとの接点づくりに至るまで──。日比谷音楽祭を支える一連の取り組みには、組織運営や人材マネジメントに通じる実践的な学びが随所に凝縮されている。
2025年の開催は、100年以上の歴史を持つ日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)が改修に入る直前という節目の年。日比谷音楽祭の実行委員長を務めるのは、椎名林檎やGLAY、スピッツなど幅広いアーティストのプロデュースや編曲を手掛け、東京事変のベーシストとしても広く知られる音楽プロデューサー・亀田誠治氏だ。
亀田氏は、運営の難しさに向き合いながらも、「音楽が社会を変える手段になり得る」と信じて歩みを止めない。トップアーティストが出演する“フリーでボーダーレス”な音楽祭の背景には、プロデューサー・亀田氏の並々ならぬ熱意と構想力がある。亀田氏の単独インタビューから、人材育成や多様な立場の人々がつながり合う現場づくりの核心に迫っていく。
亀田誠治(かめだ・せいじ)日比谷音楽祭実行委員長、音楽プロデューサー・ベーシスト。1964年生まれ 音楽プロデューサー・ベーシスト。これまでに椎名林檎、スピッツ、GLAY、いきものがかり、JUJU、石川さゆり、FANTASTICS、アイナ・ジ・エンド、Nornisなど、数多くのサウンドプロデュース、アレンジを手がける。東京事変のベーシスト。2007年、15年の日本レコード大賞にて編曲賞、21年に日本アカデミー賞優秀音楽賞、24年には第19回 渡辺晋賞を受賞。他、舞台音楽や、ブロードウェイミュージカルの日本公演総合プロデューサーを担当。現在、Eテレ「ウェルカム!よきまるハウス」に出演し、子どもたちに伝えたい往年の名曲を紹介。 2019年より「日比谷音楽祭」の実行委員長を務めるなど様々な形で音楽の魅力を伝えている(以下写真提供:©日比谷音楽祭実行委員会)日比谷音楽祭の協賛に加え、社員がボランティアとして参加している大日本印刷。社員による社会貢献活動について「社会にとって有益であるだけでなく、社員個人の成長や自己実現にもつながる」とし、音楽祭の取り組みを積極的に支援している。音楽祭当日は、会場内の巡回やゴミの分別回収、演奏会場での観客案内などを担う(大日本印刷のニュースリリースより)。
亀田氏は「音楽祭の運営に関わることで、他者と協力しながら目的を達成する、そんな体験そのものが“社会人としての基本”を体得する場になっています。今やお金を払ってでも社員を現場に送り出したいという企業が増えていて、人づくりの観点からも価値を感じてもらえていると実感します」と語る。
参加者にとっても一過性のイベントではなく、「どうすれば音楽祭が社会に根付くか」「そのために自分ができることは何か」といった自発的な問いが生まれる構造になっているという。「主催者とスタッフ」「アーティストと支援者」などの垣根を超えて、ひとつの目的に向かって役割を果たす。そのプロセスこそが、人と人との信頼構築や組織力の礎となるのだ。
このような現場体験の積み重ねは、まさに「机上の研修」だけでは得難い“実践知”であり、企業の人材育成に新たな地平を拓く可能性を秘めている。
社会的意義を掲げながら企業の理解を得る。それは単なるプレゼンや営業ではなく、共感を呼ぶ“働きかけ”の質にかかっている。日比谷音楽祭の企業協賛を巡る亀田氏の行動には、信念を行動で示すことの重要性が凝縮されている。
現在でこそ協賛企業にはサントリーや三井不動産などの大手企業が名を連ねるものの、当初から順風満帆だったわけではない。2015年ごろ、日比谷公園の開園120周年と日比谷野音の100周年を記念するプロジェクトの一環として、「日比谷公園全体を使った音楽イベント」のプロデュースを依頼された。
当時、イベントの方向性として求められていたのは、チケット販売による商業型の大規模音楽フェス。これに対し亀田氏は、米ニューヨークのセントラルパークで見た“誰もが無料で参加できる音楽と社会の接点”に強い影響を受けており、「音楽を通じて社会に還元する」場としてのフリーイベントを構想していた。
「僕は日本でも、セントラルパークで見たような“無料で、開かれた音楽体験”が実現できると思っていたんです。でも、当初の企画側の期待とはかけ離れていて、大きなボタンの掛け違いが起きてしまった。代理店さんも離れていき、協賛金は1円も集まらない状態になってしまいました」(亀田氏)
しかし、それでも諦めなかった。「他の大都市でできているのに、日本でできないはずがない。そう信じて、スーツを3着買って、協賛を得るため、1社1社頭を下げて回りました」(亀田氏)
その原動力にあったのが、「無料開催」にこだわる強い信念だった。「お金のあるなしに関係なく、誰もが気軽に音楽に触れられる環境をつくりたい。親子孫3世代が感動を共有できる音楽の場を届けることが、豊かな社会づくりにつながると信じています」(亀田氏)
こうして自ら足を運び、地道に信念を伝え続けた結果、2019年の初回開催では1億円を超える協賛金を集めることに成功したのだ。アーティストや企業の名前ではなく、「音楽で社会を変える」という熱意が、企業人たちを動かした。
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