アーティストとの関係性づくりにも、亀田氏は「音楽祭の企画書は60ページにも及びます。出演アーティスト全員と1時間、オンラインか対面で必ず話す時間を作っています。音楽祭がどういう思いで始まり、どう作られているか。なぜ、無料なのか。そして、なぜ、出演してほしいのかを具体的に伝えています。それだけでも、相手には無料イベントで、こんなにしっかりと理念と構造があるのかと驚かれます」と語り、手間と時間を惜しまない。
単にブッキングするだけでなく、出演者一人一人と信頼関係を築き、音楽祭の理念に共感してもらうことを重視している。「ただイベントに来て、演奏して“楽しかった”ではなく、音楽を通して、感動体験を届ける。その意義を分かってもらった上で出演していただいています」(亀田氏)
2025年は、100年以上の歴史を誇る日比谷野音、その3代目が改修に入る直前の節目の年。さらに、日比谷公園全体でも10年スパンの再整備計画が進行しており、使用できるエリアが年ごとに大きく変わる。
毎年使用できるエリアが変わるなかで、「その年ごとの最適な会場設計」をすることが最大の課題、と亀田氏は話す。協賛企業に対しても「今年はさらに良くなった」と思ってもらうため、毎年チャームポイントを設計に組み込み、進化を実感できる運営を徹底しているという。
「協賛企業の皆さんにも“今年はさらに良くなった”と思ってもらう必要がある。毎年、チャームポイントを作って、前年より進化していることを示さなければならない」(亀田氏)
「2024年は、第二花壇が使用できませんでしたが、2025年は、その第二花壇が芝庭広場にリニューアルし、使用できるようになりました。その代わり、噴水広場と小音楽堂が使えない。来年は野音自体が使えなくなる。その都度、今使える場所を組み合わせて“最適な会場設計”をする。それが一番大変です」(亀田氏)
また、公園という公共空間で開催される日比谷音楽祭では、「誰もが安心して楽しめる空間」であることが前提となる。一般の公園利用者との共存、安全確保に加え、協賛企業のブース配置や動線の設計にも細心の注意が必要だ。こうした試行錯誤と調整の積み重ねこそが、年々進化する日比谷音楽祭の価値を支えている。
音楽祭はU-NEXTによってオンライン生配信される。U-NEXTは、単なる映像の届け手にとどまらない。亀田氏は、「U-NEXTさんがオフィシャル配信パートナーとして参加してくれることで、配信プラットフォームとしての可能性が広がっている。音楽祭期間中だけでなく、見逃し配信としても価値を生み出せるように構想しています」と語る。
U-NEXTの無料トライアルを活用することで、誰でも気軽に視聴を始めやすく、現地に足を運べない人にとっても音楽との新たな接点を生み出す。見逃し配信を含むコンテンツ設計により、音楽祭の体験が一時的なものにとどまらず、継続的に記憶に残る形で届けられている。
亀田氏は「配信は単なる映像の記録ではなく、“音楽文化のアーカイブ”としての役割を果たせる。誰かの心に残る時間を、より多くの人に届けていきたい」と話す。
「クラウドファンディングを通じて支援してくださる方々には、『自分もこの音楽祭の一員なんだ』という誇りや喜びを感じてほしい。それが結果的に、社会全体で音楽文化を支える土壌につながっていくと信じています」(亀田氏)
背景にあるのは、日本ではまだ十分に根付いていない“寄付を通じて社会や文化を育てる”という価値観への問いかけだ。「困っている人がいたら手を差し伸べる。夢に向かう誰かを応援する。そんな“恩送り″の気持ちが自然と根付く社会になってほしい」と亀田氏は語る。
その思いはリターン設計にも反映されている。子どもたちへの音楽体験をプレゼントするコース、クラウドファンディングブースのスタッフ体験など、“ただ支援する”だけでなく“共に関わる”仕掛けを通じて、支援者一人ひとりがこの音楽祭の担い手として参加できるよう工夫した。企業・個人を問わず、多くの支援者が「関与すること自体が喜びとなる設計」に共感を寄せている。
「僕は音楽を作る音楽家であり、アーティストのことを愛している人間です。同時に、日比谷音楽祭の実行委員長として、社会と交わる責任ある立場にもいます。その両方のエンジンを同時に動かしながら、この音楽祭を通して僕自身も成長させてもらっている。今回で野音は一度幕を下ろすけれど、これは終わりではないです。次のステップへ進むための第一歩。3年後、新しい野音が完成したときに『2025年の日比谷音楽祭、良かったよね』と語り継がれるものにしたいです」(亀田氏)
日比谷音楽祭は単なるエンターテインメントではない。理念と設計力で社会に向き合い、企業・アーティスト・市民を巻き込みながら、音楽を通じて人を育て、文化を次代へと継ぐ営みだ。
組織づくりや人材育成に頭を悩ませる経営者にとって、日比谷音楽祭の現場には、多くのヒントが詰まっている。人が育ち、社会とつながる場をどう設計するか――その問いに向き合うプロセス自体が、今求められるリーダーシップの在り方を映し出しているのかもしれない。
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