CX Experts

コールセンターの顧客応対を“AIが代替” ソフトバンク子会社の「AIオペレーター」とは?

» 2025年09月11日 08時00分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

 ソフトバンクの100%子会社・Gen-AX(ジェナックス)が、生成AIを活用した業務改革で注目を集めている。グループの強力な営業・技術基盤を背景に、コンサルティングからユースケース提案、さらには自社プロダクトの開発・提供へと事業を広げ、特にコールセンター分野に深くフォーカスしている点が特徴だ。

 2025年度中のリリースを目指す「X-Ghost」(クロスゴースト)は、自律思考型AIオペレーターとして、従来のボイスボットを超える自然な会話と業務処理の自動化を実現。「X-Boost」(クロスブースト)は、AIによる業務支援を幅広い企業に浸透させるため、データ前処理からファインチューニングまで高度な技術ノウハウをパッケージ化し、非技術人材にも運用可能な形で提供している。

 X-Ghostはまさしく、AIが業務を代替するAIエージェント時代の幕開けとなるユースケースとして、ソフトバンクも前面に打ち出している。AIエージェントで何が変わるのか。7月16日に都内で開催した「SoftBank World 2025」で、Gen-AXの砂金信一郎社長が語った。

砂金信一郎 Gen-AX株式会社 代表取締役社長CEO。生成AIを活用したビジネス向け SaaSと業務変革コンサルティングを提供するソフトバンクの100%子会社Gen-AXの代表を務める。業務知識や接遇の高度なチューニングが必要な、カスタマーサポートや照会応答業務の効率化・自動化を、自律エージェントやLLM Opsなどの技術で実現する。東京工業大学卒業後、日本オラクル、ローランド・ベルガー、日本マイクロソフトでのテクニカルエバンジェリスト、旧LINEのAIカンパニーのCEOを務めた

コールセンター業務の革新へ Gen-AXが挑むAIオペレーター実装

 Gen-AXはソフトバンクグループの100%子会社として、2023年に設立された。生成AIを活用したビジネスプロセスの変革を目指し、主に法人向けのソリューションを展開している。社名は「ジェネレーティブAI トランスフォーメーション」から名付けた。

Gen-AXはソフトバンクグループの100%子会社として、2023年に設立

 Gen-AXの事業推進において、営業面ではソフトバンクの営業力を最大限に活用している。一方の技術面では、グループ全体の専門人材を集め、AI技術を駆使したコンサルティングを提供。コンサル業務は多岐にわたるものの、AIの社内利用を検討する顧客に対して業務分析や棚卸しを実施し、導入の伴走をするスタンスを取っている。AI活用には膨大な知見の蓄積と、最新モデルのキャッチアップが欠かせない。それらをGen-AXが担い、顧客は自社に適したユースケースに集中できる環境を整えている。

 同社が最も注力している領域がコールセンター業務だ。これまでコールセンター業務にAIを導入する取り組みは各社で続いてきたものの、業務自体の複雑さや変化の多さから既存のAI技術だけでは十分な成果が上げられなかった。しかし近年、生成AIの著しい技術進歩や音声対話の自然さの向上によって、実運用段階に差し掛かっている。砂金社長は「今回は機が熟している」と現状を評価する。

 こうした背景を踏まえ、Gen-AXは人間が担ってきた電話応対などのオペレーション業務をAIで代替する新たなプロダクトであるX-Ghostを開発している。この製品は自律思考によるAIオペレーターの実現を掲げており、従来人手に頼ってきた応対や事務作業をAIが担うことを想定して設計した。

人間が担ってきた電話応対などのオペレーション業務を「AIで代替」するX-Ghostを開発

X-Ghostが実現 人に近いAIオペレーター

 デモでは、旅行会社のコールセンター業務を想定した、X-Ghostを活用したAIオペレーターによる電話対応の様子を披露した。利用者が「ツアーに同行する友人が増えたので人数を追加したい」と申し出ると、AIは即座に予約番号の提示を求め、情報をもとに該当する「鎌倉グルメ旅」の予約内容を確認。人数追加の要望に対し、逐次確認を重ねながら空席状況を案内し、2人分追加も受付可能であることを回答した。

 この間、AIはキャンペーンによるプレミアムプランへのアップグレードも提案。利用者がプラン内容について質問すると、料理のアップグレードや地元産のお土産が付くといった詳細を分かりやすく説明し、通常より割安なことも補足した。最終的に変更手続きが完了すると、AIは内容をメールで送信する旨を案内。その他の要望や不明点がないかも確認して通話を終了した。やり取りを通じて、自然な会話による業務進行や柔軟な応対、オプション提案までを、一貫してAIが対応できることを提示した。

 このようにX-Ghostは、生成AIの言語理解や応答制御技術の進化を背景に、実際のコールセンター業務に即応するシステムを実装している。2025年度中の提供開始を目指しているという。

 X-Ghostは従来のボイスボットでは実現しづらかった自然な対話を可能にしているのが特徴だ。一般的なボイスボットの場合、AIが話している最中にユーザーが話しかけても、AIが話し終わるまで会話が進まないことが多い。しかし今回紹介した仕組みでは、そうした制限を大きく緩和し、よりスムーズで双方向的な会話ができるようになった。

 AIは会話と並行して、解決すべき業務課題をゲームでいう「クエスト」のように、チェックリスト形式で管理する。各課題の解決には顧客から必要な情報を聞き出し、必要な手続きを実施するプロセスをあらかじめ構築。そのうえで外部システムとの連携も重要だ。今回のデモでは、予約変更というタスクを担うサーバーと安全に連携し、処理結果を顧客に返す動作を実現した。

AI人材不在でも「対話から業務最適化」まで支援

 このように、対話エージェントとしての機能だけでなく、裏側で業務処理も一体的に支援できる点がX-Ghostの特徴だ。砂金社長は「AIだけで完結できる業務は極めて少ない。外部のシステムに安全かつ確実につなげるかが重要」と話す。

 X-Ghostが重視するこだわりとして、AI開発における前処理とファインチューニングへのアプローチがある。X-Ghostでは、AIが学習しやすいように余分なデータを除外したり、非構造化データを整理したりする前処理を施している。

 ファインチューニングのパラメーター探索は、AIの性能を業務内容に最適化するために重要な工程となる。この作業は、人や業務ごとの多様な条件にAIを適応させるには不可欠だ。だが、従来のシステムインテグレーション(SI)型の手法では、膨大な時間とコストがかかりやすい課題がある。

 X-Ghostでは、この複雑な調整作業を効率化するため、社内の言語処理エンジニアが蓄積してきた独自のノウハウを「LLMOps機能」としてまとめ上げている。LLMOpsとは、大規模言語モデル(LLM)を効果的かつ効率的に運用・管理するためのプロセスや仕組みを指す。このLLMOps機能によって、単なるマニュアル化ではなく、実際の業務現場で必要なパラメーター調整や最適な処理手順をパッケージ化。反復的かつ迅速な改善を実現している。

 つまり、ユーザー企業がAI導入のたびにゼロからノウハウを構築し直す必要がなく、導入後も日々の業務や環境の変化に合わせて随時アップデートする体制となっているのだ。砂金社長も「この仕組みは一度導入して終わりではなく、現場や顧客のフィードバックを反映し、絶えず進化させていく方針だ」と説明する。

外部システムとの連携も重要となる

X-GhostとX-Boostで広がるAIエージェント活用

 Gen-AXではこうしたAI運用の最適化をテーマに、X-Ghost以外にも複数のプロダクトを展開している。もう1つのX-Boostは、LLMOpsの中でも社内問い合わせ業務など、テキストベースで導入できる仕組みとして設計している。

 X-Ghostがデモで披露した顧客対応やコールセンターなど対外的な音声対話に強みを持ち、顧客からの複雑な応対やFAQへのリアルタイム対応など多様な現場ニーズに特化している。これに対してX-Boostは、社内問い合わせ業務など限られた範囲のテキスト処理を効率化するためのもので、AIの専門知識がなくても運用可能なところに特徴がある。両者は用途や導入範囲が異なり、X-Ghostが対外接点の高度化、X-Boostが内部業務の効率化に最適化している。

 Gen-AXは、こうした製品を段階的に発展させながら、最終的にはソフトバンクが標榜する「クリスタルレディ」な状態、すなわち幅広い領域にわたり高品質なAI運用を可能にすることを目指している。まずはコールセンターや社内問い合わせなど、明確なドメインを持つ業務で確実に成果を出し、その後より高度な領域に展開していくというロードマップを示している。

 「皆さんが社内で開発するAIエージェントに、人間で言うところの“魂(ゴースト)”のようなものを吹き込む。そうした仕組みづくりに今後力を注いでいきたい」と砂金社長は締めくくる。AIエージェント活用で社内外の問い合わせ業務がどう変わっていくのか注目だ。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

SaaS最新情報 by ITセレクトPR
あなたにおすすめの記事PR