9月13〜21日に東京・国立競技場で開催中の東京2025世界陸上競技選手権大会。「走る・跳ぶ・投げる・歩く」という人間の根本的な動きで競う陸上競技は「マザー・オブ・スポーツ」と呼ばれる。
そのパフォーマンスを支えているのがシューズだ。独プーマは、今大会に合わせ、同社のグローバルキャンペーンである「GO WILD」に関係する各種イベントを都内で実施した。9月12日には100メートル走の世界記録保持者で、同社のグローバルブランドアンバサダーを務めるウサイン・ボルト氏を招へい。コンシューマーイベント「PUMA GO WILD RUN TOKYO」を開催するなどプロモーション活動を展開した。
同日にはプーマが展開する最新スパイクや新製品・未公開モデルを体験できる展示イベント「NITRO LAB」も公開。来日したプーマの商品開発のトップを務めるPUMA Gloval Innovationのロマン・ジラールVice President(VP)に話を聞いた。
Romain Girard(ロマン・ジラール)PUMA Global Director of Innovation, Footwear プーマのグローバル・ディレクター・オブ・イノベーション(フットウェア)を務める。NITROフォームをはじめとする同ブランドの最先端技術によって“スピード”を再定義してきた。彼のリーダーシップのもと、プーマは世界的アスリートやエンジニアと緊密に協力しながら「FAST-R NITRO Elite 3」「Berseker」といった画期的なプロダクトを世に送り出してきた。プーマに15年以上在籍する彼は、アスリートファーストのアプローチを掲げたイノベーションを推進する原動力だ。プーマ入社以前に培ったフットウェアデザインとエンジニアリングの専門知識、そしてスポーツパフォーマンスへの情熱を融合させ、アスリートの声を革新的な製品へと変換している。現在はグローバル・イノベーションチームを率い、パフォーマンスフットウェアの未来を構想・創造しているプーマは2021年、ランニングカテゴリーのシューズに本格的に再参入した。革新的な技術は、窒素ガスを活用する「NITRO FOAM」(ニトロフォーム)と呼ばれるクッションフォーム部分の開発にある。これは、高い反発性と衝撃を吸収するクッション性を兼ね備え、軽量化も実現させる新素材だ。
NITRO LABのイベントに登壇したプーマ ジャパン代表取締役社長の井上緑斎氏は「プーマはスポーツブランドとして、アスリートのパフォーマンスを最大限に引き出す商品を開発しています」と話した。
「ランニングカテゴリーではニトロフォームを導入したことで大きくビジネスを拡大してきました。東京マラソンや箱根駅伝でプーマのシューズを着用した選手が活躍し、高校駅伝のサポートにも取り組んでいます」(井上社長)
この最新技術を駆使したスパイクが当時に存在していれば、ボルト氏が現在も保持する9秒58の世界記録が9秒42まで縮められたと推定されるとした。
そのボルト氏は、世界陸上を前にPUMA GO WILD RUN TOKYOに参加。彼のファンやプーマと関係のある陸上競技のアスリートの前でトークセッションを実施した。
「選手ではなく、見る側にいるのは初めてで、この最初の体験が日本で良かった。(世界陸上の)開幕がとても楽しみです。(皆さんは)ぜひ、スポーツを楽しんでほしい。楽なことだけではなくハードなことも多いですが、自分を信じて、良い時も悪い時もやりきってほしい」とエールを送った。
NITRO LABでは、プーマが考案した5種類のコンセプトモデルについてジラールVPが説明した。シューズの開発方法については「プーマの開発プロセスは、傾聴する→理解する→作る→テストをする→学ぶ……そして再び聞く……です」。このサイクルを繰り返し回しながら開発を進めるのが基本だという。
ただ、シューズのトレンドも変わってきているようだ。以前のランナーは、自分の走りに合わせてシューズをカスタマイズしていた。一方で今は、シューズの特性に合わせた走りをランナーがしている。このパラダイムシフトをメーカーとしてどう感じているのか。 「鶏が先か卵が先かの話だと思いますが、多くのアスリートがジレンマを抱えています。プーマとしては、回答を出すのではなく、鶏と卵の両方を提供します」
選手がシューズを選択できるようにすることを重視する。
プーマは、ニトロフォームをアスリート用だけでなく、一般のランナー用のシューズにも反映させた。今後NITRO LABにあるような開発中の技術を、路上でのランニングを楽しむ一般ランナー用に応用していく考えはあるのか。
「今日の時点では答えることができません。なぜなら、まだ技術の全てを理解していないからです。これがイノベーションを起こす過程での喜びでありつつ、若干のフラストレーションがたまるところでもあります
今後テストを繰り返し、商品化の意思決定をする中で「この技術はレース向き、その技術は一般ランナー向き」といったことが分かってくるとした。
シューズ界に革命を起こした技術が、カーボンファイバープレートだ。カーボンファイバープレートを利用したシューズは、長距離ランニングの世界に「シューズがランナーをけん引する」という新たな価値観をもたらした。これは、マラソンの記録を劇的に向上させるとともに、シューズ開発の方向性を一変させたのだ。
現在もプーマを含め、他のメーカーが、カーボンファイバープレートを利用したシューズの開発競争にしのぎを削っている。ただ各社と同じことをしているだけでは、差別化は図れない。ジラールVPによれば、よりスピードの出るシューズを開発するカギは2つあるという。
「1つは素材面で、カーボンやクッションフォーム材の改善を今後も続けます。もう1つはアーキテクチャー、つまり構造の部分です。同じ素材であっても、どんな構造にするのかによって性能は変わってきます。私たちは、どれくらい創造力を豊かにできるのか。それが大事ですね」
世界情勢の不安定さとトランプ関税の影響を考えるまでもなく、最近、企業の投資は抑え気味になりやすい環境にある。シューズ開発への投資も、無尽蔵にお金を使うのは非現実的だ。ジラールVPは「量より質だと考えています。やるべきことがクリアで、少数制であってもベストな人たちさえいれば、それほど資金は必要ではありません。そのような組織は効率が非常にいいからです」と説明した。
最近のAIは、業務の効率性を上げるためのアシストをしてくれる。あらゆる分野で使われ始めたAIは、シューズの開発にどの程度、役に立つのか聞いてみた。
「AIが役に立つかと聞かれれば、『はい』でもあり、『いいえ』でもあるのが現状です。なぜならAIは、現在すでに分かっていることを集めてきてアプトプットしているだけだからです。その意味で、プーマが求める“あたらしいことを生み出す”というイノベーションには力不足なのです」
プーマは理念の一つとして「Athletes always first」を掲げている。唯一無二の商品作りは、人間だからこそなせる技ということになるのか?
「フィフティフィフティですね。これからは、組み合わせだと思っています。Athletes always firstと言いましたが、いろいろ考えられる開発の方向性の中で『アスリートにこれが必要だ』という方向性を、彼らとの対話の中で定めていくのが50%です。残りの50%は、AIなどの多彩なテクノロジーを駆使して開発していく形です」
ランニングシューズはいろいろあるが、「これがプーマだ」といえるような他のブランドとの違いを強調できる部分は何か?
「私は以前、他ブランドでも働いていました。(そのブランドは)ドイツ企業らしく、着実に開発を進める一方、時としてクリエイティブ性に欠ける時がありました。一方プーマは、間違いをすることもありますが、何度もトライすることにこだわっていると思います。どちらが良いという答えはありませんが、プーマは、会社としてとにかく改善しようとする姿勢が強いです」
シューズ開発ではクリエイター、マネジャー、エンジニア、科学のエキスパート、アスリートなどさまざま人間が関わり、「化学反応」を追求していく。イノベーションを起こすようなマネジメントには、何が重要なのかと聞くと「共感」だと語る。
「他スポーツブランドやプーマでの経験も含めて、パフォーマンスをどのように発揮してもらうかを常に考えてきました。今はさまざまな立場の人が関わるので、たとえるならオーケストラで協奏曲を奏でるようなものですね。メンバーには、向かうべき正しい方向を示すことが肝心だと思っています」
AIはイノベーションを起こすには力不足だと語っていたが、確かに現時点でAIには共感のような感情的なものはない。だからこそジラールVPは共感を重要視しているのだ。
ゴールを理解することが重要だということも強調した。「部下の考え方、バックグラウンドなどは違いますが、みんなで一緒に素晴らしいことを実現するための方法を共有していくことが必要です。そうすれば、そうするほど、大きなチームとなり、力強いチームに成長していきます」
プーマは、サッカー、ランニング、ゴルフ、バスケットボールの4つを注力カテゴリーとしている。サッカーでは、三笘薫、遠藤航、ゴルフでは西郷真央、バスケでは千葉ジェッツ、陸上ではサニブラウン・アブデル・ハキームなどと契約。オーストラリア、ジャマイカなど17の陸上連盟、世界では150人と契約している。
このように、有力選手やチームとの契約が少なくないのは、ジラールVPが語ったように、プーマの開発能力と姿勢に、選手が共感できたからだろう。開催中の世界陸上でプーマと契約した選手が好成績を収められるか刮目したい。
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