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九電技術者が老舗サウナ経営者へ転身 元愛好家が実現した「回遊型の顧客体験」とは?シリーズ「編集部の偏愛」(1/2 ページ)

» 2025年09月26日 08時00分 公開

シリーズ「編集部の偏愛」:

ITmedia ビジネスオンライン編集部のメンバーが、「いま気になるもの・人・現象」をきっかけに、社会や経済の変化を掘り下げる企画である。個人の“偏愛”を軸にすることで、記事には書き手の視点や関心が自然ににじむ。日常の小さな関心が、経済の動きや兆しとどうつながるのかを、取材を通して丁寧に伝えていく。


 福岡の老舗サウナ施設が、新たなサウナの体験価値を提唱している――福岡県内で宿泊業と温浴施設業を営むグリーンランドグループがサウナからマッサージ、飲食からイベントへと、滞在・回遊型の顧客体験を提供している。これは同店が「サウナ3.0」と提唱しているもので、館内の動線設計を刷新し、サウナ単体から館内回遊型の体験価値に昇華しているのが特徴だ。

福岡市のグリーンランド中洲店

 「サウナ3.0」は、福岡市のグリーンランド中洲店が2024年7月にリニューアルしたことを機に提供している。2025年7月には北九州市にある小倉店でもリニューアルに伴って提供を開始し、グリーンランドグループの全店舗で「サウナ3.0」体制を整えた。

 近年、若者を中心にサウナブームが再燃。サウナは老若男女の文化へと成長しつつある。温浴施設が館内の動線設計を重視した狙いは何か。グリーンランドグループを経営する日創(福岡市)の安東伸章社長に聞いた。

安東伸章(あんどう・のぶあき)1995年に九州電力に入社。2000年から玄海原子力発電所の建物の保全、設計及び工事管理を担当する。以降、川内原子力発電所及び日本原燃の再処理工場で経験を重ねる。2014年からは本店にて東日本大震災の影響で停止していた、原子力発電所の再稼働という、全電力の中でトップランナーとして九州電力が取り組んだプロジェクトの一員として業務に携った。2017年から集大成として玄海原子力発電所の勤務を希望し、特定重大事故等対処施設の現場を担当。2年後の2019年3月に九州電力を退社し、同年4月に日創に入社。その後コロナ禍の2020年9月に代表取締役に就任した。北九州市出身

元サウナーが経営者に 23年務めた九州電力技術者から転身

――安東社長はグリーンランド中洲の利用者から、経営者に転身した経歴があります。なぜそのようなキャリアになったのでしょうか。

 私は以前、九州電力エンジニアリングで建築関連の仕事に携わっていました。特に原子力発電所の再稼働プロジェクトにも関わっていた経験があります。その頃、本社が当店の近くにあった関係で、叔父が経営していたこの施設を利用していたのです。最初は利用者としてサウナやマッサージを体験していました。日常の疲れを癒やしたり頭を整理したりする場として、非常に役立っていましたね。当時はまさか自分がここを引き継ぐとは思っていなかったのですが、利用する中でこの施設の価値を強く実感していたんです。

 やがて原発再稼働に一定のメドが立った頃に、経営を継がないかと叔父から相談がありました。思い悩んだ末に「こういう機会も人生に一度あるかないかだ」と思い、決意しました。ところが就任から1年もしないうちにコロナ禍が始まってしまったんです。

 私の入社は2019年4月で、翌年1月にはコロナ禍に突入しました。ちょうど40周年という節目でもあったため、「グリーンランドとは何なのか」を、あらためて再設計する良い機会だと捉えました。私は建築を専門にしていたので、その視点を生かして館内の動線や設備を考え直そうと思ったのです。

 コロナで売り上げは大きく落ち込みました。2023年5月に5類に移行して利用者はある程度戻ってきましたが、コロナ前の水準には届きませんでした。そこであらためて「この施設は社会にとってどんな存在なのか」と考え直しました。ストレス社会において、ここは顧客にとってのオアシスであるべきだと再確認し、どうすればもっと使いやすく、居心地の良い場になるのかを検討しました。その過程で、西日本シティ銀行からの紹介で大分市のコンサル企業のイジゲングループに相談し、担当コンサルでクリエイティブディレクターの増田ダイスケさんと共に設計の見直しを進めました。

クリエイティブディレクターの増田ダイスケ氏と共に設計を見直した。お洒落なレコードや雑誌が並ぶ

コンサルとの対話から生まれた「サウナ3.0」

――リニューアルの際に、増田さんとはどのようなやり取りをしたのでしょうか。

 増田さんはサウナが好きな方で、グリーンランド中洲店に通っていました。「グリーンランド中洲はまさにサウナ3.0に適した場だ」と言っていただき、最初のきっかけになりました。非常にユニークで広い視点を持っている方で、国内大手食品メーカーの販促を手掛けたり、音楽フェスのディレクションにも関わっていたそうです。そうした幅広い経験を持っている方なので、私も話を聞く中で「なるほど」と思わされることが多かったのです。その対話から、どうリニューアルを進めるのか共に考え始めました。

 最初に出てきたのが「サウナ3.0」という概念でした。サウナに入るだけの場所がサウナ1.0、健康管理や“整う”といった価値を提供するのがサウナ2.0だとするなら、その一歩先を目指すのが3.0だと。来場者がサウナ利用後にマッサージを受けてトレーナーと仲良くなり、「今日もあの人がいるから行こう」「この人と話したいな」といった人とのつながりが生まれる。そうした体験がリピートを促すのです。私はこれを新しいサウナの姿だと考えています。

 施設についてもかなり見直しました。以前は24時間営業のレストランやリクライニングスペースがありましたが、正直、くたびれた印象がありました。スペースの照明が暗く、利用している人にとっては便利でも、全体としては活気がなく、元気になれる空間とは言えませんでした。どこか、ただ過ごしている印象でした。

改修前のレストラン。安東社長は「くたびれた印象があった」と話す

 リニューアルでは「ここに来たら気持ちが明るくなる」というコンセプトを打ち出し、照明やレイアウトを改善しながら、「使いやすさ」を重視した家具デザインを行いました。食堂スペースも昔はレトロな印象で、丸いカウンターが残ってはいたのですが、どこか元気がなくなっていました。それを生かしつつ原点回帰を図り、現代に合った形に作り直しました。

リニューアル後のレストラン。「ここに来たら気持ちが明るくなる」というコンセプトを打ち出し、照明やレイアウトを改善した

 このリニューアルには相応の投資、具体的には3階のスペースで約5000万円、サウナ改装で約4000万円、合計約9000万円が必要でした。大きな賭けでもありましたが、私は必ず潜在的なニーズがあると考えていました。その根拠の一つは、私自身の若い頃の体験です。

 九州電力に入社した当時、30年ほど前にここを利用したときには、廊下で寝る人が出るほど混雑していたんです。中洲で飲んだ後にサウナに立ち寄り、始発まで休む。そうした需要が確かにあったわけです。

 今はそのようなスタイルは少なくなったのかもしれませんが、若い人たちも飲みに出かける習慣はまだあり、その際に使いやすい場所でありたい。ここに行けば、安心して時間が過ごせる場所にしたい。そして料金もできる限りリーズナブルにしたい。加えて、私と同じ世代、50歳前後の人たちにとっても「かつて体験した楽しさを思い出し、もう一度元気になれる場」でありたい。その思いから、あらためて再設計を進めたんです。

リニューアル後にできた「スナックみどり」。ママがスナックに立つこともある。追加料金は掛からない(筆者は次回、行ってみようと思う)
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