Sansanは基本的にB2B企業だ。本来は一般消費者との接点が少ない。しかし、ピックルボール事業を通じて得られたのは、広告では生まれない「共体験」だった。
「広告を打てば一瞬の認知は得られます。でも長続きはしない。大切なのは『共感』ではないでしょうか?」(小池氏)
PPA TOUR ASIA Sansan FUKUOKA OPEN 2025の大会期間中は、試合観戦にとどまらず、幅広い来場者が楽しめる多彩なコンテンツを展開した。初心者でも手ぶらで挑戦できる「ピックルボール体験エリア」では、実際にプレーできる場を提供。地元の企業は、グルメを楽しめる屋台やキッチンカーも出店した。さらにSansanが出会いと熱狂を生む文化として支援している阿波おどりの演舞など、家族連れをはじめとした一般来場者も1日を通して楽しめるイベントとした。
「出会い」は、イベント来場者だけではない。延べ100人近いボランティアが、大会運営を支えた。地元クラブのメンバーから東京のピックルボールサークルまで、多様な人々が力を合わせたのだ。
「大会は主催者が作ったものではなく、みんなで作り上げたものでした」(西郷氏)
「100人以上のボランティアが大会運営を支えてくれたことも印象的でした。試合に負けた選手が手伝いに来てくれるなど、みんなで盛り上げようとする姿勢が見られました」(熊倉氏)
ブランドは一方的な広告ではなく、共感できる体験から育つことを証明した瞬間だった。
ピックルボールを知らない人を、大会会場に、いかにして引き寄せるか――。
情報過多の現代、届けたいメッセージがなかなか狙い通りに伝わらないことは、PR業界における大きな課題だ。消費者はSNSで、押しつけがましい広告に直面する機会が増え、意識的に広告を避ける傾向にある。その中でどう的確に自社の宣伝・PRを届けていくかが要点なのだ。
小池氏は「無理に押し付けるのではなく、自然な文脈で届けること」を意識したという。入り口を増やし、その時その時のチャネルや手段があって、そこに最適な文脈を組み合わせる。今回は、そのチャネルを縁日にした。特にファミリー層へのアプローチを意識し、ママインフルエンサーを起用。SNS上で自然な口コミが広がるように設計した。
「『週末のお出かけスポット』として(大会を)紹介してもらいました。縁日と組み合わせて『親子で新しいスポーツ体験ができる場所』として伝えると、親御さんも安心して子どもを連れて来てくれます。広告ではなく、生活者目線での体験提供がカギでした」(小池氏)
結果、多くの家族連れが来場。ファミリー層を中心にイベントが賑わった。ピックルボールの認知向上にも一役買ったのだ。PRの本質は「どこに載るか」ではなく「どういう文脈で届くか」。小池氏はそう信じているという。
この大会を続けることで、子どもたちが大人になった際に、Sansanというブランディングはじわじわと効いてくると考えている。生まれ育った町での大きなイベントに、Sansanのカラーやコーポレートアイデンティティ(CI)が掲出されていた――。そのことを、子どもたちは覚えているからだ。
ボールすくいなどの縁日に立った社員は、実はSansanが擁するデザイナー陣だった。普段、一般消費者に触れることのないデザイナーたちは、東京から福岡に足を運び、子どもたちと接する中で大いに刺激を受けたという。ブランドは一日にしてならず。この事例は、ブランディングの本質を物語っている。
「点」を未来の「線」に変えられるかどうか。これは日々の業務への取り組み姿勢次第だ。
Sansanのピックルボールの普及活動、世界大会誘致への取り組みは、新規事業を超えた「出会いからイノベーションを生む実践」であり、企業活動の新しいモデルケースとなる可能性を秘めている。
小池氏は「8年後のオリンピックを視野に入れている」と意気込む。オーストラリアやシカゴでの公開競技化を経て、オリンピック採用の可能性もあるのだという。もし実現すれば、Sansanにとって最高のレバレッジを生むブランディングとなるだろう。
寺田社長は「出会いがすぐ成果につながるわけではありません。Sansanのアクション、つまり点と点がいずれ線となりつながる。5年後、10年後にあの時のリレーションがこうつながったということが起こる。それこそがSansanが大切にしている価値です」と話した。Sansanの今回の取り組みが、どう本業に生きたのか。答えは数年後に分かる。
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