「AIから選ばれるSaaS」は、すでに実績として現れ始めている。freeeは2024年に「AI BPOパートナー制度」を立ち上げた。AIを活用して経理業務のアウトソーシングを手がける企業に対し、バックエンドとしてfreeeを提供する仕組みである。
このパートナー制度に参加しているのが、法人カード事業を展開するUPSIDER(東京都港区)や、AI経理サービスのSoVa(東京都千代田区)といったスタートアップだ。彼らは複数のSaaSを比較検討した上で、freeeをバックエンドに選んだ。
その理由を横路氏はこう説明する。「他社さんのSaaSも使ってBPOのプロセスを試してみたが、freeeは元々構造化された自動化を利用できる。これをフルに活用すると、他社より10倍生産性が高くAI BPOができる、という声をいただいている」
freeeはパートナー企業からAPIの利用料を徴収していない。「たくさんAPIを叩いていただいて、なぜ叩きたくなったのかというユースケースを聞いている。そういうケースがあるならAPIを公開しようか、という形で進化に協力していただいている」と横路氏は語る。こうした共創のサイクルが回り始めている。
AIの波は、freeeにとって追い風なのか逆風なのか。横路氏は「両方ある」と答えた。
構造化の強みについてはすでに触れた。では、舵取りが必要な部分はどこか。freeeは会計・人事・販売管理を統合したデータベースを強みとしてきたが、「あるべき統合の姿が今後変わっていく」と横路氏は認める。
例えば、会社設立後に必要な手続きを次々と案内するような「表層的なサービス連携」は、AIワークフローツールやAIブラウザで代替できてしまう。こうした領域は、freeeが自ら作り込む優先度が下がる可能性がある。
しかし、全てが代替されるわけではない。「なぜ今月ここのコストが上がっているのか」という問いに答えるには、会計データだけでなく、販売管理や勤怠管理のデータを横断的に分析し、どこに異常値があるのかを特定する必要がある。
「汎用AIエージェントでそこを分析するのはなかなか難しい。どことどこがつながっているかというコンテキストは、入力時点でしか取れない情報もある」(横路氏)
技術面での課題も残る。AIエージェントがSaaSに接続するためのプロトコルとして注目されるMCP(Model Context Protocol)について、freeeは現時点で公式には提供していない。「MCPは割とナイーブ。本当に安定して使えるものを作るのは難しい」と横路氏は慎重だ。
特に懸念しているのは、APIの副作用とセキュリティである。「1回登録したら本番環境に登録されてしまう。AIエージェントが暴走したときにどうロールバックするか、そこがないとなかなか使えない」。認証・認可の仕組みとセットで提供する必要があり、社内での検証を進めている段階だという。
では、AI時代にSaaS企業のアイデンティティはどこに残るのか。
「テクノロジーでスモールビジネスのベストな働き方を提供し続ける会社である、というのがわれわれのアイデンティティだ。クラウドで創業したが、AIが来てもロボットが来ても、多分あまり変わらない」
「SaaS is Dead」論に対するfreeeの回答は、死を否定することではなく、変化を受け入れることだ。AIエージェントに選ばれるバックエンドとなり、これまで届かなかった顧客層を開拓する。その戦略がうまくいくかどうかは、まさにこれからの数年で試される。
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