芹澤氏がSaaS is Dead論に違和感を覚えたのは、SaaSを「データを入れる箱」と捉える論調だ。データを入れるだけならスプレッドシートやデータベースで事足りる。それでもSaaSが広まり、企業がお金を払って使う理由は、業務の最適化にある。「データが溜まるのは、業務を最適化することの副次的な効果でしかない」と芹澤氏は言う。
もちろん、AIによって一部の業務は効率化される。だがすべてがAIに置き換わるわけではない。例えばHRの現場では、保険料控除証明書といった書類など、まだデジタル化されていない情報を、デジタル化して入力する作業が日常的に発生する。SmartHRは2025年、OCR機能をリリースし、書類を撮影するとフォームに自動入力される仕組みを整えた。だがこれも「効率化」であって「自動化」ではない。
そこをAIエージェントで置き換えるのは「さすがに無理」だと芹澤氏は見る。人事労務が扱うデータは非構造化されたものが多く、それを人間が日々デジタル化している。その現実を忘れてはいけないと強調する。
では、AIをどう使い分ければいいのか。芹澤氏は定型業務と非定型業務の違いを挙げる。
議事録ツールなら音声入力を使うだろう。しゃべっている内容は非構造化データなので、そこはLLMの出番だ。だが人事労務でインプットするデータは定型的なものが多い。評価やサーベイで上司へのフィードバックを書くとき、テキストボックスにキーボードで入力するのが一番シンプルで手っ取り早い。「テクノロジーはちゃんと使い分けた方がいい」と芹澤氏。フォームベースのUIは絶対に残っていくと見る。
一方、AIによって大きく変わるのが「参照」の部分だ。従来のSaaSは、一覧画面から見たい行を選んで詳細画面に飛ぶという動線が定番だった。だが一覧から選ぶ作業こそAIの得意分野である。何を見たいのか、誰の情報なのかを自然言語で問い合わせれば、AIが結果を出してくれる。「Google検索をあまりしなくなったのと同じことが、業務システムでも起きる」と芹澤氏は予測する。
芹澤氏はAIの役割を「サーチとまとめ」と定義する。AIが「この人をこう育成すべきだ」と提案してくるのではない。「この人は最近どういうステータスか」「最近の成績に鑑みて何をすべきか」と人間が問い合わせ、AIがデータを横断的に分析してまとめて返す。「最終的にタレントマネジメントをするのは人間であり、AIにはできない」と芹澤氏。
この「サーチとまとめ」が変えるのは、データへのアクセス権限の考え方だ。従来、人と組織にまつわるデータは人事部やトップ層だけがアクセスできるものだった。だがAIによる検索が可能になれば、適切な権限のもとで現場のマネージャーも必要な情報を引き出せるようになる。自分の部署の人材がどういう状態かを把握し、マネジメントに生かす。SmartHRが目指す「タレントマネジメントの民主化」である。
では、AIの台頭はSmartHRにとって追い風なのか、逆風なのか。「追い風にもなり得るし、脅威にもなり得る。テクノロジーの変化の一つという感覚だ」。これを武器にできるかは自社の努力次第であり、他社に先を越される可能性もある。問われるのは、AIによって何が変わり、何が変わらないかを見極めた上で、自社の強みをどこに置くかだ。
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