この心理は、ビジネスの現場で特に強く働く。
成果を出している社員ほど「自分は会社に貢献している」という意識が強い。売り上げを作り、顧客から評価され、難しい案件を次々に解決する。その積み重ねが、無意識のうちに「自分は特別だ」という自己認識を育てる。
すると、小さなルールの逸脱が許容され始める。
周囲もまた、それを許容してしまう。「あの人は特別だから」「あれだけ数字を作っているのだから仕方ない」と、注意することをためらう。こうしてルールは静かに形骸化していくのだ。
ここで重要なのは、不正や不祥事を起こす前から、既にモラルライセンシングは働いているという点である。ルールを守らない。規律を軽視する。例外を当然視する。その小さなズレが積み重なった先に、より大きな問題が生まれる。
冒頭のエース社員も、最初から不正をしようとしたわけではない。「自分はこれだけ貢献している」「このくらいは許されるはずだ」という感覚が、少しずつ境界線を曖昧にしていったのである。
モラルライセンシングの影響は、個人にとどまらない。
目標達成を妨げ、“一歩進んで二歩下がる”という結果を招くことがある。せっかくの努力が、自分への甘さによって帳消しになってしまうのだ。
さらに厄介なのは、組織への波及効果である。
研究によれば、道徳的な行動を取った上司を見た部下は、かえって倫理観が低下する可能性があるという。「上司があれだけ良いことをしているのだから、自分は少しくらい手を抜いてもいい」という心理が働くのだ。
トップセールスが会議に遅れることを許容すれば、その空気は必ず組織全体に波及する。「結果を出せば何をしてもいい」というメッセージが、暗黙のうちに共有されてしまう。
ルールとは、成果を縛るためにあるのではない。組織の信頼と再現性を守るために存在している。誰か一人の例外を許すことは、組織全体の空気を少しずつ悪くしていくのである。
最悪なのは、倫理観が低下した組織に「心理的安全性」を求めることだ。モラルが低いのに「何でも発言できる」という空気を作ったら、さらに無秩序な状態になっていく。
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