先ほど取り上げた3つの価値の中で、最も強調すべきなのは「暗黙知」だ。暗黙知はまだ言葉になっていないものであり、AIがアクセスできない領域だと述べた。
ここで重要なのは、形式知と暗黙知は独立した別物ではなく、相互に関連し、循環するということだ。形式知を「仮説」として現場に持ち込み、暗黙知を発見する。発見した暗黙知を言語化し、再び形式知にする。この循環のプロセスこそが、独自の知見を生み出す。
形式知と暗黙知を考える上での好例がある。本田技研工業(ホンダ)の米国市場参入だ。
1959年、ホンダは米国市場に参入した。市場データが示していたのは大型バイクへの需要で、ホンダもそれに従った。しかし販売は低迷する。
転機は現場から生まれた。駐在員たちが移動用に乗っていた小型バイク「スーパーカブ」に、米国人が興味を示したのだ。データにはなかった反応だったが、同社は方針を転換した結果、7年後に米国二輪市場全体の63%を獲得する。形式知=市場データは「大型バイク」と示していた。しかし現場にいた人間だけが、データにない暗黙知、つまり小型バイクへの潜在需要を発見できた(出典:「The Real Story Behind Honda's Success」,Richard T. Pascale, California Management Review, 1984)。
では、現場で何を見ればいいのか。暗黙知を発見するための3つの観点を紹介する。
設計者の意図とは異なる使われ方をしている場面に注目する。ホンダの事例がまさにこれだ。市場データは「大型バイク」を示していたが、現場では「小型バイクへの需要」が現れていた。
「なぜそうするのか」と聞いても、答えられない場面がある。長年の経験が血肉になり、体が覚えている。直感的に分かるレベルまで落とし込まれているからこそ、言葉にするのが難しい。一流のシェフが「火加減はこのくらい」と言っても、その「このくらい」は言語化できない。
データから除外されるノイズ、失敗、想定外の結果。それらはデータベースに入るときには外れ値として抜け落ちてしまう。しかし、抜け落ちた外れ値にこそ、イノベーションの種がある。こうした外れ値は現場でしか体感できない。
これら3つの観点は、いずれもデータ化されにくく、現時点のAIではアクセスが難しい領域だ。現場に行かなければ、出会えない。
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