会社を継いでから、事業面では、数年間は資金的に厳しい時期が続いた。しかし、前職の三井造船から仕事をもらいつつ、千葉県や茨城県など関東圏を回って細々と受注した仕事で何とか回していた。
一方、組織には問題が山積みだった。例えば、上場企業の規律を知る清松氏にとって、当時の社内環境は組織と呼べるものではなかったという。
「社員たちは職人気質が強く、自分の技術を同僚に教えると自分の価値が下がると考え、互いに技を隠していました。現場は常に誰かが小競り合いを起こしているような状態でした」
清松氏自身も、社員になめられまいと声を荒らげ、力でねじ伏せるような独善的な経営を行っていた。また実務面では、自らは営業と客先対応に専念するため、外部からスカウトしてきた鉄鋼一筋の職人上がりの人物を専務に据え、工程管理や従業員とのコミュニケーションを任せた。
「4〜5年ほど、社員の顔と名前が一致しない状態が続いていた」と当時を振り返る。
そんな中、清松氏の右腕として25年もの間、現場を取りまとめていた専務が突然辞職したのは2017年のこと。これまでも、清松氏が専務のやり方に助言した際に「俺はもう辞める!」と自宅に帰ってしまうことがあった。そのたびに自宅を訪問し、引き止めることで、どうにか関係を維持してきたという。しかし今回、専務は現場に戻ってこなかった。
専務に現場管理の全てを任せていた清松氏にとって、「旗振り役がいなくなったら、明日から会社が動かなくなる」という危機感は以前から持っていた。
連鎖退職こそ起きなかったが、待ったなしの状況で決断を迫られる。そこで社歴の長い2人の社員に「清松総合鐵工をまとめられるか」と打診。2人から返ってきたのは「やります」という力強い返事だった。
「自分の思う通りに会社をデザインできるのが嬉しそうで、やる気になってくれたのだと思います」と、清松氏は当時を振り返る。
いち職人だった彼らに現場のマネジメントを頼むのは、職人の集団を「組織」へと作り変えるための、ある種の賭けでもあった。こうして生まれた新体制のもと、清松氏も組織を変えるための取り組みを始めた。それが、形骸化していた「朝礼」の刷新だ。
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