世界最大の米ホームセンターチェーンHome Depotの店舗は3000坪を超えます。店に入るとアプリがStore Modeに切り替わり、商品の売り場位置や詳細情報を簡単に確認できます。
商品ページで見つからない情報は、生成AIに質問できます。
筆者は2025年に視察した際、生成AI「Magic Apron」に「リビングの扉が傾いている。どう直せばよいか」と質問しました。
Magic Apronは、原因の切り分け、必要な工具、修理手順、力の入れ具合などの注意点を回答し、店舗在庫や売り場位置へつなぎました。商品仕様の検索ではなく、Home Depotが持つ商品と施工の知識を使った接客です。
現在、Magic Apronは米国の2000店超で、店舗在庫、売り場位置、画像、音声、多言語に対応しています。アプリだけでなく、店内の看板にあるQRコードからも利用できるようになりました。
AIモデル自体は競合も使えます。差がつくのは、商品属性、用途、比較軸、接客、例外対応といった自社固有の文脈です。
年間500店舗以上の小売現場を見ている筆者は、優秀な販売員が質問に適切に答え、その知識が個人の中に閉じたままになっている場面に出合います。
この暗黙知を全社で再利用できる形に変えれば、AIは単なる検索窓ではなく、自社の専門性を届ける接客装置になります。
外部AIが同じ商品を扱う小売企業を比較する場合、主要な条件は価格、送料、在庫、配送です。
小売企業が外部AIへの商品供給だけを急げば、AIにとって便利な供給者にはなれます。しかし、顧客がその企業を選ぶ理由が残るとは限りません。
AIが最安値や最短配送を選べば、顧客は前回の購入店舗を覚える必要がありません。小売企業は受注を得ても、検索・比較行動や、なぜ商品が必要だったのかという文脈を得にくくなります。
AIから選ばれることと、顧客から選ばれることは異なるのです。
AIがポイントを含む実質価格を計算すれば、還元策も比較条件の一つになります。値引きだけでは、AIの価格比較から逃れられません。
米国2位のホームセンター企業Lowe’sは2026年3月、年99ドルの会員サービス「HomeCare+」を始めました。年2回の赤いベストを着けた専門スタッフの訪問で、乾燥機の排気口清掃や空調フィルター交換など、各回最大7種類の住宅メンテナンスを行います。
価値は安さだけでなく、安心、専門性、購入後の継続支援といった部分にもあります。ロイヤルティとは「顧客の囲い込み」ではなく、顧客が企業と直接つながり続ける理由です。
店舗も同様です。スタッフが受けた質問、顧客が比較した条件、購入を迷った理由、欠品時の代替提案を、商品データやAIの回答根拠に反映する。店舗は体験の場であると同時に、自社固有の知識を集める場になります。
エージェンティックコマースの勝ち筋は、まだ決まっていません。
生活者が購買のどこまでをAIへ委ねるのか、主要エージェントは誰か、手数料や顧客データを誰が握るのかは不透明です。
いま必要なのは、特定のAIを前提とした大規模開発ではなく商品・価格・店舗別在庫の整備、APIと権限管理、小規模な接続検証です。
同時に、自社ECとアプリ、顧客ID、ロイヤルティ、店舗・購入後体験、自社の商品・業務知識を使うAIへ投資する必要があります。
AIに正しく発見され、比較され、注文できる準備は必要です。しかし、AIに選ばれるだけでは、交換可能な供給者になります。
AIに顧客接点をつないだ後、自社には何が残るのか。その答えが、エージェンティックコマース時代の小売企業の競争力になります。
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