自治体を人材育成機関の一つと考えるのなら、採用の考え方も変わります。「とりあえず大学に進学する」という進路を選ばない若者や、一般的なキャリアとは異なる経験を持つ人も、すでに完成された人材として選ぶのではなく、自治体で育てることを前提に受け入れられるからです。
筆者は以前の連載で、公務員のスキルを「3階建て」だと書きました。
※参照:行政に欠けている「デジタル人材育成」の概念 スキル研修が機能しない理由は?
1階は「ビジネスパーソンとして必要なスキル」です。ビジネス日本語、文書作成、対人折衝、プロジェクト管理など、公務員を辞めても必要なスキルで、言い換えれば「どの組織に行っても通用する基礎」です。
2階は「公務員として必要なスキル」です。起案・決裁、契約・支払い、予算、議会、補助金、委託管理など、役所の中でどの部署に行っても必要なスキルです。
3階は「所属部署特有のスキル」です。デジタル部門ならネットワークの知識、福祉部門ならその領域の法令など、配属後に自らの学ぶ力で獲得していくスキルです。
離職を前提にして自治体での人材育成や勤務経験が広く社会に還元されると考えるのならば、この3つの階層に対してどのように力を入れていくかが変わります。
1階部分は公務員を辞めてからも使えるスキルであり、社会で「当たり前に仕事ができる人材」を輩出するという意味で、積極的に育成するべきです。2階部分も、最近では自治体を退職して別の自治体に転職するというケースも見られますし、全国の自治体職員のスキルを底上げするためにも育成するべきでしょう。
何より、1階、2階のスキルは、組織に残る職員にとっても必要であることは言うまでもありません。
3階は現場で身に付けてもらうスキルですが、十分な経験を積み、専門性を身に付けたのであれば、社会でもっと評価されてもよいのではないかと思います。それこそ、高等教育機関(大学など)で得られる学位とは別に、一定の専門性を身に付けたことを社会に対し証明できる仕組みがあってもよいのではないでしょうか。日本の社会が学歴社会であるのならば、大学に進学せず「自治体の中で学位取得相当の基礎訓練を修了した」という事実自体が社会に認められれば、それだけで十分に意味を持つのではないかと思います。
ここで重要なのは、ターゲットが一般事務職だけではないということです。
自治体には、建設土木、上下水道、福祉、介護、保育など、現場で業務に従事している職員がいます。彼らは地域のインフラと生活を支えていますが、同時に「公務員である以前に社会人(ビジネスパーソン)」でもあります。
全ての職員が何らかの現場の専門性を身に付けることを前提に、1階と2階のスキルを学びながら、一定期間は現場で3階の専門性を深める。そして数年後に「卒業」したとき、その人は、行政の論理と民間の現場を両方知っている人材になっているのです。
その後、自治体に残る道もありますが、例えば、自治体で介護の現場を3年経験した人が地域の介護事業所に転職すれば、行政側の制度論と現場側の実情を両方知っています。ほかにも建設土木なら地元の建設会社へ移るなど、卒業生が地域社会に散らばることで、行政と民間の境界に人材が配置されます。これは「離職前提設計」が生む、副次的な効果ともいえます。
地域の介護事業所にとって、行政の介護保険制度を知りつつ現場の介護業務もできる人材が入ってくることは、大きな戦力になります。建設会社にとって、自治体の発注手続きを知りつつ現場の工事もできる人材は、同じく重宝されるでしょう。これまでのような、いわゆる「天下り」ではなく、行政と民間の間に立って、両方の論理を翻訳できる人材が地域に増える――それは地域の課題解決力そのものを底上げする効果があります。
もしかすると育成人材の候補として、ここに「外国人」が加わるかもしれません。
日本の人口減少は続いており、自治体の現業部門――建設土木、上下水道、福祉、介護、保育などでは人手不足が深刻化しています。すでに特定技能制度などを通じて外国人労働者がこれらの現場に入り始めていますが、多くは民間事業者に雇用されており、自治体の直接雇用は限定的です。
しかし、もし自治体が「基礎訓練→現場→卒業」という仕組みを持ち、さらに、学位に依存しないスキル認証制度によってその能力を社会に証明できるようになれば、外国人が自治体で活躍する道も開けます。
日本人の若年者と同じように、基礎訓練(1階+2階)を受け、現場で専門性(3階)を積み、数年後に卒業する。日本の行政手続きやビジネス日本語、対人折衝などのスキルを自治体で身に付けた外国人が地域の民間企業に移れば、地域の外国人コミュニティと行政・民間の間を橋渡しする人材になり得るかもしれません。
これは単なる「労働力補充」ではありません。地域社会に定着し、行政の論理と現場の実情を知る外国人人材が増えることは、多文化共生の基盤を作ることでもあります。自治体が外国人の「社会統合」を担う機関として機能する――これも離職前提設計の延長線上に見える風景です。
もちろん、これは可能性の話であって、すぐにできることではありません。制度の壁も残されているでしょう。しかし、人口減少が続く日本において、自治体の人材を日本人だけで維持できると考えるのは非現実的です。現実に、そういう時代に入っているのです。
もう一つ、重要な視点があります。人材育成でスキルを標準化できれば、仕事のやり方に大きなブレが少なくなります。そうなれば、業務の標準化もシステム標準化も加速するのです。
自治体のシステム標準化はこれまで、国が標準を示し、自治体がそれに従うといった上から降ってくるものとして進められてきました。しかし現場の腹落ちが悪く、進捗(しんちょく)は思わしくありません。
筆者は、その背景の一つに、職員のスキルが標準化されていないこともあると考えています。現在の自治体システム標準化は住民記録、税、福祉など住民サービスを中心としたシステムが対象範囲となっていますが、関与する職員数や業務量から見れば、日常の行政事務の方が割合は大きいはずです。
例えば、同じ「起案」という業務でも、自治体によって、あるいは職員によって、やり方がバラバラなのが現状です。しかし、多くの自治体職員は、複数の自治体で事務を経験する機会がありません。そのため、自治体によって仕事の進め方が異なること自体に気付きにくいのです。
スキルの習得方法も、ある自治体では若手職員が起案のやり方をOJTで先輩から学ぶが、別の自治体ではマニュアルすらない、といった状態です。職人芸に依存した業務が回っている状態では、どんなにシステムを整備しても、そのシステムを使って処理する業務そのものが効率化されません。
逆に、1階と2階のスキルを標準化して教える仕組みができれば「どの自治体でも同じ基礎ができている人材」が輩出されます。そういう人材が配置されれば、業務マニュアルもシステムも標準化しやすいでしょう。
つまり、人材育成の標準化→業務の標準化→システムの標準化という連鎖が働くのです。従来の「上から降ってくるシステム標準化」とは逆の方向からのアプローチになります。
行政に欠けている「デジタル人材育成」の概念 スキル研修が機能しない理由は?
「志はある。でも……」 自治体職員の意欲が育たないのはなぜ? デジタル化以前に取り組むべきこと
「職員が激減」に備えよ──2040年問題に向けて「自治体」に残された生存戦略Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
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