デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。
「この返品は受け付けてよいですか?」
「レジでエラーが出ました。何を確認すればよいですか?」
店舗では、毎日多くの質問が発生します。マニュアルを探しても見つからず、最後は「ベテランの〇〇さんに聞いて」となることも少なくありません。
生成AIをうまく導入すれば、経験の浅い従業員でも、ベテランの知識で接客できます。商品知識、在庫、売り場位置、返品方法、業務手順を質問すれば、AIが数秒で答えてくれる──人手不足に悩む小売企業にとって、魅力的な構想です。しかし、ここには見落とされやすい前提があります。AIに正しい答えを求めるなら、その前に会社自身が「何が正しい答えか」を決めていなければなりません。
店舗のAI導入を阻む壁は、AIモデルの性能というよりも「ベテランに聞かないと分からない」という状態を長年放置してきたことです。
今回は小売りのAI活用に関する先行事例を紹介しながら、AI導入前に整えるべき業務知識、最初に取り組むべき手順を解説します。
20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。
現職は小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」シニアフェロー Nextリテール分科会リーダーなどを兼務する。
公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇
公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質2025DX』
米国では、生成AIを店舗従業員の業務支援に使う動きが何年も前から進んでいます。
農業・園芸用品などを扱う米Tractor Supply(トラクター・サプライ)は、店舗従業員向けの生成AI「Hey GURA」を展開しています。同社が扱うのは、農業、畜産、園芸、ペット、工具、衣料品など幅広い商品です。全ての従業員が、全ての商品に詳しくなるのは現実的ではありません。
従業員は業務用のハンドヘルド端末とヘッドセットを使い、顧客の用途に合う商品、商品の特徴、店内の場所、人事や業務に関する情報を質問できます。
Hey GURAを使えば、従業員は担当外の商品についても、顧客との会話を続けられます。従業員の知識をAIで補い、新入社員でも接客できる範囲が広がります。
世界最大の小売業である米Walmart(ウォルマート)も、全米150万人規模の従業員を見据え、AIを組み込んだ業務ツール群を展開しています。
AIが作業の優先順位を整理する仕組みは、夜間の商品補充業務から始まりました。初期結果では、チームリーダーがシフト中の作業を計画する時間が、90分から30分へ短縮されました。
従業員向け対話型AIは、週90万人以上が利用し、1日300万件を超える質問を処理しています。生成AIを組み込むことで、長い業務手順を「レシートなしで返品を処理するにはどうすればよいですか?」といった質問に対する段階的な説明へ変える計画です。
小売りのAI活用は、広告文や商品説明を作る段階から、店舗で働く人の判断と行動を支える段階へ移っています。
生成AIを導入するだけでは、店舗は賢くなりません。
店舗マニュアルが3年前から更新されていない。本部が作成した手順と、実際の店舗運用が違う。地域や店舗規模による例外が書かれていない。判断理由をベテランだけが知っている──。
この状態でAIを導入すると、AIは何を正解として扱えばよいのか判断できません。さらに厄介なのは、正解が見つからなくても、それらしい文章をAIが生成できることです。
小売業では、誤答の影響が文章の間違いだけでは終わりません。ドラッグストアでの医薬品の案内、食品のアレルギー情報、個人情報の扱いなどを間違えれば、顧客被害や法令違反につながります。
「AIなので間違えることがあります」という注意書きだけでは不十分です。AIに何を答えさせるかだけでなく、どの質問には答えさせず、人へ引き継ぐかを決める必要があります。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング