剛性のないミニバンは衝突したら危ないのか?:池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/3 ページ)
クルマの剛性と強度は同じだと考えている人がいるかもしれないが、エンジニアリング的には、剛性と強度は別のものだ。今回はその違いについて説明しておきたい。
7月19日の連載記事で、5ナンバーのミニバンがいかに無理難題を突きつけられながら作られているかという話を書いた。例えば、両サイドにドア2枚ずつ、テールゲートを備え、なおかつその開口部を最大限に広げることが求められる、それが市場のニーズだ。
床板を厚くして立体的にするか、せめてボディ両サイドの開口部の敷居部分に、少しでもリブ状の突起を設ければだいぶ剛性が稼げるのだが、床板は低く薄く。しかも敷居に段差があれば乗り降りでつまづく原因になるのでそれもダメ。ならばセンタートンネルを許容してくれれば、かつてのロータス並みのバックボーン構造で剛性を確保できるのだけれど、センタートンネルがあるとウォークスルーができない。
今の日本でウォークスルーができないミニバンは恐らく見向きもされない。とにもかくにも四角くて広くて平らで、あっちもこっちも全部パカパカと開くクルマをマーケットは求めているのだ。実際「Bピラーも止めて前後ドアの開口部をひとつながりに……」という商品企画もあったりする。無茶もたいがいにした方が良い。
要するに、5ナンバーミニバンの場合、ボディ剛性に寄与するあらゆる部材が虐げられているので、良いクルマを作るのは難しいという点が原稿の骨子だったわけだ。そして意外な質問を受けたのである。「そんなに剛性がないと、ぶつかったとき危なくないんですか?」。
ああ、そうだった。そこをちゃんと書いていなかった。エンジニアリング的には、剛性と強度は別のものだということも説明しないといけないと気付いたのである。そこで今回は、剛性と強度がどう違って、それがどういう意味を持っているのかについて説明したい。
剛性と強度は違う
ティッシュペーパーの箱を手に持ったところをイメージしてほしい。両端を持って左右にねじる。目で確認していれば紙の出る穴の周辺が多少はペコペコしたりするが、ねじっている手の感覚では変形は感じない。これが剛性である。
ボール紙程度の素材でも、完全に閉じた5つの面と、面中央に面積の4分の1程度の穴が開いた1つの面で構成されているから相当な剛性がある。もちろん本気で力を入れれば箱はつぶれるが、恐らく多くの人はこの構造体を頑丈だと感じるだろう。余談だが、この穴が角や辺に接していたら、剛性はガタ落ちする。
力を加えている間、穴の回りはやはり変形が集中する。言うまでもないが、この穴はドアやテールゲートと同じである。この穴をどんどん大きくして、ミニバン並みに穴だらけにしたらどれだけ剛性が落ちるかは容易に想像できるだろう。これで剛性の意味は掴めたと思う。素材の強度だけの問題ではなく、それを立体的に構築した際の変形し難さのことだ。
さて、では強度というのは何だろうか? もう一度ティッシュ箱を使ってイメージしてみよう。今度は箱を持たない。置いたまま真ん中を軽くチョップしてみてほしい。あっけなく箱はつぶれるはずだ。丈夫に感じるか感じないかは感覚の問題だが、剛性のときに感じたティッシュ箱の頼もしさが微塵(みじん)も感じられないくらい簡単につぶれてしまう。これが強度である。
別の角度からも剛性と強度を考えてみよう。構造体の素材に力を加えていくと必ず歪みが起きる。しかしその歪みは力を取り除くと元に戻る。こういう元に戻る変形を弾性変形という。
しかし、多くの物体は、一定以上の力が加わると弾性変形の範囲を超えて塑性変形する。わり箸を割るとき、パキッと音がする直前までが弾性変形。音がしたときが塑性変形。ボールペンを分解するとペン軸にばねが付いている。あのばねを外して、引っ張るとばねだから当然伸びる。しかし、あるところまでは元に戻るが、限界を超えると伸びてしまって元に戻らなくなる。これも前者が弾性変形、後者が塑性変形だ。ティッシュの箱で言えばつぶれるくらい力を入れたケースに相当する。弾性域を超えると素材が座屈して変形し、元に戻らなくなってしまうのだ。
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