剛性のないミニバンは衝突したら危ないのか?:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)
クルマの剛性と強度は同じだと考えている人がいるかもしれないが、エンジニアリング的には、剛性と強度は別のものだ。今回はその違いについて説明しておきたい。
さてこの剛性と強度、ものすごく単純化すると、剛性はクルマのほぼあらゆる性能に効き、強度は衝突安全性のみに効く。ことが安全なので強度をないがしろにしていいわけではないが、クルマの走る、曲がる、止まるに加え、乗り心地も振動も騒音も全部が剛性に密接に結び付いていると考えると、剛性がいかに重要かは想像がつくと思う。
剛性を考える上で大事なのはこの弾性変形だ。クルマはできるだけ軽く作りたいので、薄い鉄板を構造的に上手に組み上げて、できるだけ歪みを少なくしたいのだ。剛性は形に依存する。例えば昔のスバル360のボディは、卵のように丸いシェイプを持っているが、あの形そのものが力学的に丈夫だから丸くしたのだ。四角いボディで、あれと同じ剛性を出そうとすれば、鉄板の厚みを増やさざるを得ず、到底385キログラムという超軽量な車両重量にはならなかったはずである。
ちなみにクルマの剛性を機械にかけて計るときには、ティッシュ箱と同じように前後をねじってたり、曲げたりして強度を見る。ざっくりと言えば、何キロの力をかけたとき、何ミリ、もしくは何度変形したかで表す。専門家は使う単位が違うので何キロとは言わないが、概念としてはそういう理解で良い。「旧型比でねじり剛性が30%向上」というような話はこの数値を比較して言っている。
ところがである。このように静かに力を加えていって変形量を見る方法はクルマを作る上であまり現実的ではない。エンジニアによっては参考にすらならないという人もいる。こうした静的変形ではなく、現実は動的な変形が起きるからだ。
一カ所が歪んだら、それに引っ張られてほかも歪む。部材の接合部分同士が干渉してそれがあちこちに及ぶ。なおかつ瞬間的な入力による歪みは、波としてボディに伝わり、時に反射して返ってくる。しかもそういう波は周波数を持っているので、重量との兼ね合いで変形が変わる。こういう面倒なことがある程度定量化できるようになったのは、コンピューターを使った解析ができたおかげだが、それでもまだ完璧ではない。
実際に設計をしているエンジニアに結論を聞くと、少々あっけないのだが、本当に重要なのは剛性そのものではなく、人が頼りなく感じないための「剛性感」だったりする。ところが、人間とは不思議なもので、床の絨毯(じゅうたん)の素材を変えて、床板の微振動を消したりすると、てき面に剛性を感じたりすることがある。「剛性」ではなく「剛性感」と言うゆえんである。とは言え、「剛性」が全然ないものに「剛性感」だけを感じることも現実的ではないので、基礎的な剛性は大事なのだ。
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