剛性のないミニバンは衝突したら危ないのか?:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)
クルマの剛性と強度は同じだと考えている人がいるかもしれないが、エンジニアリング的には、剛性と強度は別のものだ。今回はその違いについて説明しておきたい。
さて、では強度の話はどうだろう。強度は既に書いた通り、衝突安全に寄与するものだ。クルマにはクラッシャブルゾーンと呼ばれる「つぶれて衝撃を吸収する」場所と「絶対につぶさないキャビン部分」でそれぞれ違う強度が求められる。意図的に弱く作った前後スペースをクッションにして、ガチガチに硬いキャビンを守るのが衝突安全設計だ。だから何でもかんでも強度を上げれば安全になるわけではない。
必要なのは、場所ごとの強度のコントロールだ。さらに変形の許容性も求められる。事故の瞬間、部材にどういう角度で力が入るかは状況による。例えば、丸い鋼管は力学的理想だ。先のスバル360と同じで、球体や円は構造的に最も軽量で丈夫になる。衝撃を吸収しながらつぶれる部分をできるだけ薄い素材で軽量に作りたければ、理論的には丸パイプが最大効率になるはずだ。しかし丸パイプは正面から力を受けたときにはその理想通りに機能するが、力に少し曲げが入ると、最初に座屈した部分に力が集中して一気に強度が落ちる。つまり力を受ける方向の指向性が高いのだ。だから衝突時につぶす部分は峰の多い多角形の部材が適していたりする。
また、衝突のエネルギーはメインの構造材一本で受けたりしないようになっている。近年ではクルマ全体のありとあらゆる部材を総動員して衝撃吸収を分担している。力の受け方と伝達の仕方にメーカー各社は必死で取り組んでいる。
さて、ここまで読んだ皆さんは「剛性のないミニバンは衝突したら危ないか?」という問いに答えることができるだろう。剛性と衝突安全の間に緊密な関係はない。衝突安全をチェックしたければ、自動車事故対策機構の衝突安全実験、JNCAPなり、米国運輸省道路交通安全局NCAPなりのテスト結果を見ればいい。もちろん逆もまた真である。衝突安全のテスト結果を元に剛性の話はできないのだ。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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